あきる野市・二宮神社(14世紀の居館跡)
よみもの

13228 / あきるのし

東京都

あきる野市

社の東から、14世紀の居館跡が見つかった。

二宮神社|14世紀の居館跡

Photo by Suikotei (CC BY 4.0)

01 / 網代弁天山の棚田

東京都ではゼロとされた棚田が、網代の谷に見つかった。

市教委の冊子『郷土あれこれ』第19号(平成20年)は、東京都では棚田の存在がゼロとされるなか、大字網代の字引谷に棚田が見つかったと記します。昭和49年の空中写真で、水田か水田跡とみられる平坦面が16面確認できるといいます。

  • 平坦面16面(昭和49年の空中写真)
  • 斜度は20分の1以上
  • 平成17年は甲群のみ耕作

02 / 前田耕地遺跡

縄文草創期の住居跡から、サケ科魚類の顎歯が約8000点出土した。

都指定の史跡。秋川と平井川に挟まれた段丘上で昭和51〜59年に発掘調査が行われ、縄文時代草創期(約13000年前)の住居跡が2軒見つかりました。1軒からはクマなどの動物骨とともに、サケ科魚類の顎歯が約8000点出土したと都は説明します。

  • 都史跡 昭和63年2月22日
  • 縄文時代草創期(約13000年前)
  • 顎歯 約8000点

03 / 広徳寺のタラヨウ

葉に傷をつけると黒く変色し、落葉しても消えないほどという。

都の説明では、広徳寺本堂の裏手にそびえるタラヨウは都内最大。厚く革質の葉は釘先などで傷をつけると黒く変色し、落葉しても消えないほどで、インドで経文を書いた貝多羅樹になぞらえて多羅葉と呼ばれます。

  • 都天然記念物 昭和27年11月3日
  • 都内最大のタラヨウ(都の説明)

空から見たあきる野市

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2019年6月〜11月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

拝島で五日市線に乗り換え、秋川駅へ。

  • 人口8万人規模

市の公式サイトは、新宿駅から中央線で立川駅へ、拝島駅を経て五日市線で秋川駅へ向かう道順を案内しています。八王子駅からは八高線で拝島駅に出て、五日市線に乗り換えます。

住んでいる人
79,292人
19952020

2015年より −2.1%

75,355 → 79,292人

面積
73.47km²

うち可住地 29.5km²

2024年

世帯数
31,887世帯

1世帯 2.5人

2020年

家賃(借家の平均)
5.9万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院4/診療所48

人口1万人あたり 6.6

2023年

面積73.47km²うち可住地29.5km² / 40%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 15園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

7市町村に、接している。

日本のなかのあきる野市35.729°N 139.294°E
大阪あきる野市
あきる野市の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

南北のながさ

10.1km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

あきる野市は、こういう町です。

  1. 01二宮神社並びに城跡は都指定の旧跡。昭和58年の調査で、神社東側の段丘上の「御屋敷」と呼ばれる地点から14世紀の豪族居館跡が見つかり、都は大石氏の城館であった可能性を挙げる。社殿の本殿・宮殿は市指定
  2. 02網代の引谷では、東京都ではゼロとされた棚田が市教委の冊子で報告された。野辺の前田耕地遺跡は縄文時代草創期(約13000年前)の住居跡が見つかった都史跡
  3. 03広徳寺のタラヨウは都内最大とされる都天然記念物で、傷をつけた葉が黒く変色する。市は、あきる野市から檜原村に及ぶ全長約20kmほどを秋川渓谷と呼ぶ

気になったら、町に聞いてみませんか。