01 / 六尾反射炉跡
反射炉の作業場の用材の一部が、浜本家住宅の柱や梁などに姿を変えた。
安政4年(1857)に築かれた六尾反射炉は、50門ほどの大砲を造り、大阪の天保山、岡山藩、浜田藩などにも送られた。明治3年(1870)以降に取り壊され、いまは土塁や井戸跡が残る。
- 1857年(安政4年) 建設
- 大砲を50門ほど製造
- 作業場の用材の一部が浜本家住宅(弓原)の柱・梁に
01 / 六尾反射炉跡
安政4年(1857)に築かれた六尾反射炉は、50門ほどの大砲を造り、大阪の天保山、岡山藩、浜田藩などにも送られた。明治3年(1870)以降に取り壊され、いまは土塁や井戸跡が残る。
02 / 桝田新蔵と新開用水

北条砂丘は、水の行き届かない場所で過酷な労働が昭和30年代ごろまで続いた土地。桝田新蔵は岡本利平とともに新開用水を開き、300町歩の開発を進めた。安政3年(1856)、自ら工事費を負担して開拓を藩に願い出たと町は伝える。
03 / 前田寛治

1896年に国坂で生まれた洋画家。東京美術学校で学び、フランスへ留学した。1928年に前田写実研究所を開き、新写実主義を提唱して後進を指導。1929年に帝国美術院賞を受け、1930年に33歳で亡くなった。
くらし
北栄町は鳥取県中部にあり、海沿いに東西約12.5kmの北条砂丘が、南に黒ぼく畑の丘陵地が広がります。大栄西瓜や北条砂丘ぶどう、砂丘ながいもを育てる農業のまちで、砂丘には9基の風車が並びます。
2015年より −4%
16,052 → 14,228人
うち可住地 42.55km²
2024年
1世帯 2.9人
2020年
人口1万人あたり 2.1
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
9.5km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。