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よみもの

16211 / いみずし

富山県

射水市

港の口を切り始めたその日に、渡し船が出た。

県営渡船|越ノ潟〜堀岡

Photo by ナイトキャビン (CC BY-SA 4.0)

01 / 測量

伊能忠敬に会った和算家が、加賀藩の3国を測った。

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Photo by Anonymous Edo-period artist (Public domain)

石黒信由(1760〜1836)は射水郡高木村の生まれ。和算を新田開発や測量に生かし、加賀藩の命で越中・加賀・能登を測りました。1803年に伊能忠敬と会って器具を改良。1819年から8年かけた「加越能三州郡分略絵図」は今の地図と比べても正確です。資料6,390点が重要文化財。

  • 1803年 伊能忠敬と会う
  • 1819年から8年
  • 6,390点 重要文化財

02 / 築山

海から招いた神を、境内の臨時の山に迎える。

放生津八幡宮の秋の祭礼では、9月30日の夕方に海から招いた神霊を、境内の臨時の祭壇「築山」に迎えます。10月2日にはオンバサマと呼ぶ主神と四天王、客人の人形を飾って公開。全国に類例の少ない行事で、曳山とともに2021年に重要無形民俗文化財、2025年にユネスコ無形文化遺産に。

  • 9月30日〜10月2日
  • 2021年 重要無形民俗文化財
  • 2025年 ユネスコ登録

03 / 帆船

地球約50周を走った帆船が、港で29枚の帆を張る。

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Photo by fitm (CC BY-SA 3.0)

海王丸は1930年に進水した練習帆船。59年間で106万海里(地球約50周)を航海し、11,190名の海の若人を育てました。1990年から富山新港で公開され、4〜10月に年10回ほど、ボランティアと乗組員がマストに登って29枚の帆をすべて広げる「総帆展帆」を行います。

  • 1930年 進水
  • 106万海里
  • 帆29枚

くらし

半径約7kmに、海の町と里の町。

  • 人口9万人規模

2005年に新湊市・小杉町・大門町・大島町・下村が合併した市で、市は半径約7kmのまとまりある地域と説明しています。玄関口はあいの風とやま鉄道の小杉駅で、富山駅まで10分。新湊地区の内川は、両岸に漁船が並ぶ川です。空き家等情報バンクで住まいを紹介しています。

住んでいる人
90,742人
2010

2015年より −1.7%

93,588 → 90,742人

面積
109.44km²

うち可住地 97.56km²

2024年

世帯数
33,812世帯

1世帯 2.7人

2020年

家賃(借家の平均)
4.4万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院6/診療所48

人口1万人あたり 6.0

2023年

面積109.44km²うち可住地97.56km² / 89%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 26園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

3市町村に、接している。

日本のなかの射水市36.731°N 137.076°E
東京大阪射水市
射水市の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

16.4km

富山市・高岡市・砺波市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

射水市は、こういう町です。

  1. 01放生津潟を掘った富山新港の口を切った1967年11月23日から、越ノ潟と堀岡を県営の渡し船が結んでいる
  2. 02高木村の和算家 石黒信由が伊能忠敬と会い、1819年から8年かけて加賀・越中・能登の精度の高い絵図を作った
  3. 03放生津八幡宮の築山行事と1930年進水の帆船海王丸があり、沖の海底谷はシロエビ群遊海面として市の天然記念物

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。