Nishimonai Bon Odori.jpg
よみもの

05463 / うごまち

秋田県 雄勝郡

羽後町

端布を縫い合わせた着物で、顔を見せずに踊る。

端縫い|西馬音内盆踊

Photo by Rufiyaa (CC BY-SA 4.0)

01 / 本殿

室町後期と江戸前期、二つの本殿が同じ境内に立つ。

Miwa Shrine (Ugo, Akita) general view.jpg
Photo by 掬茶 (CC BY-SA 4.0)

三輪神社には、国の重要文化財の本殿が2棟あります。三輪神社本殿は三間社流造で室町後期、境内社の須賀神社本殿は入母屋造・妻入で江戸前期の建築で、1954年に指定されました。観光物産協会は、現存の本殿は永禄5年の火災をまぬかれたという記録などから室町後期の建立と考えられるとします。

  • 三輪神社本殿 室町後期
  • 須賀神社本殿 江戸前期
  • 1954年 重要文化財

02 / 電車

地元住民と元運転手が、雨ざらしの電車の保存に立ち上がった。

Ugo Kotsu Deha 3 stored in Ugo.jpg
Photo by 掬茶 (CC BY-SA 4.0)

デハ3は、1928年から1973年まで羽後と湯沢を結んだ雄勝線で走った木造の電動客車です。廃線後は保育所に譲られましたが雨ざらしで傷み、1983年に住民と元運転手らが2か月あまりかけて復元。「電気を流せば走り出す」と言われるほど元の状態を取り戻し、町が建てた車庫に収まります。

  • 1928〜1973年 雄勝線
  • 1983年 保存に立ち上がる
  • 復元に2か月あまり

03 / 民家

農家でありながら、在地豪族の住宅を思わせると解説される。

Suzuki-ke House in Ugo Town.jpg
Photo by 掬茶 (CC BY-SA 4.0)

鈴木家住宅は国の重要文化財。茅葺き・寄棟造の主屋は、文化庁の年代で1601〜1700年。文化庁の解説は、民家というより在地豪族の住宅を思わせるところがあるとし、前面の二階造りの中門と背面の土蔵(1915年)は後設で、当初は直屋だったらしいと記します。

  • 主屋 1601〜1700年
  • 1973年 重要文化財
  • 土蔵 1915年

くらし

駅の無い町へ、湯沢駅前からバスで。

  • 人口1万人規模
  • 郡部の町

町内に鉄道の駅は無く、町公式の案内は最寄りの駅をJR湯沢駅(奥羽本線)とします。湯沢駅前から羽後交通の路線バス(西馬音内線)に乗ると、西馬音内の橋場まで20〜24分。かつては雄勝線の電車が西馬音内駅に発着していました。

住んでいる人
13,825人
19952020

2015年より −9.8%

20,307 → 13,825人

面積
230.78km²

うち可住地 69.93km²

2024年

世帯数
4,658世帯

1世帯 3.0人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院1/診療所6

人口1万人あたり 5.1

2023年

面積230.78km²うち可住地69.93km² / 30%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 4園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

3市町村に、接している。

日本のなかの羽後町39.199°N 140.413°E
東京大阪羽後町
羽後町の領域
境界:国土数値情報 N03湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

20.2km

由利本荘市・湯沢市・横手市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

羽後町は、こういう町です。

  1. 01国の重要無形民俗文化財「西馬音内の盆踊」では、女性の踊り手が端布を縫い合わせた端縫い(はぬい)の着物を着て、編み笠で顔を隠して踊る
  2. 02三輪神社には室町後期と江戸前期の国の重要文化財の本殿が並び、旧雄勝線の木造電動客車デハ3は地元住民と元運転手らの手で保存されている
  3. 03鈴木家住宅は国の重要文化財で、茅葺きの主屋は文化庁の年代で1601〜1700年。町内に鉄道の駅は無く、最寄りはJR湯沢駅とされる

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。