01 / 漏刻
774年の『続日本紀』に、大宰府の漏刻が記される。

漏刻は水時計。『続日本紀』は宝亀5年(774)に「大宰既有漏刻」と記し、『延喜式』にも大宰府と陸奥国の漏刻番が各6人とある。政庁東の丘、月山(辰山)に置かれたと推定され、大正10年(1921)の時の記念日には、ここを望む都府楼跡で式典が行われた。
- 『続日本紀』宝亀5年(774)に「大宰既有漏刻」
- 『延喜式』(927年)に漏刻番が各6人
- 政庁東の丘に置かれたと推定(市民遺産)
- 大正10年(1921)に都府楼跡で式典
01 / 漏刻

漏刻は水時計。『続日本紀』は宝亀5年(774)に「大宰既有漏刻」と記し、『延喜式』にも大宰府と陸奥国の漏刻番が各6人とある。政庁東の丘、月山(辰山)に置かれたと推定され、大正10年(1921)の時の記念日には、ここを望む都府楼跡で式典が行われた。
02 / 観世音寺の梵鐘

観世音寺の国宝の梵鐘で、総高159.4cm。市は妙心寺の鐘と同じ鋳型で作られた兄弟鐘とし、龍頭の大きさなどから698年制作の妙心寺の鐘より古いと考えられるとする。いまは九州国立博物館に寄託され、展示されている。
03 / 宮ノ本遺跡の買地券
宮ノ本遺跡は、大宰府政庁の南西の丘陵にある古代の官人墓地で、約100基の墓が確認された。平安時代前期の1号墓から出た買地券は、長さ35.2cmの鉛板に96字が残る。市は、現在全国で2例しか知られていないとする。
くらし
昭和30年に太宰府町と水城村が合併したときの人口は13,264人。福岡都市圏の膨張、住宅化、大学の立地、交通網の整備などで急増し、昭和57年に市になった。市は「史跡や緑にめぐまれた福岡都市圏の住宅都市」としている。
2015年より +1.4%
64,913 → 73,164人
うち可住地 17.84km²
2024年
1世帯 2.4人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 6.6
2023年
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かたち
南北のながさ
9.5km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
いまの町を、見る。
出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)
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