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よみもの

40219 / おおのじょうし

福岡県

大野城市

鍛冶の道具を納めた円墳が、山裾にある。

善一田古墳群

Photo by 水だらけのプール (CC BY-SA 4.0)

01 / 郡境界標

郡の境に建てられた石柱の東面に、「従是東御笠郡、西那珂郡」と刻まれた。

Border stone in Nishiki-machi, Onojo, Fukuoka, Japan.jpg
Photo by STA3816 (CC BY-SA 4.0)

日田街道の名残で、御笠郡と那珂郡の境を示していた高さ117cmの角柱。文化14年(1817)の建立で、伊能忠敬がこの辺りを測量した5年後にあたる。傷みが進んで平成12年に市の博物館へ移され、跡地には場所を示す石柱と説明板がある。

  • 高さ117cmの角柱
  • 文化14年(1817)の建立
  • 市指定有形民俗文化財(平成6年3月18日指定)

02 / 梅頭窯跡

須恵器の窯を再利用した墓に、鉄刀が納められていた。

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Photo by STA3816 (CC BY-SA 4.0)

国指定史跡の牛頸須恵器窯跡に含まれ、上大利の三兼池公園にある。窯の操業が終わったあとに墓へ転用されたと考えられ、窯内から鉄刀・鉄鏃・須恵器などが出土した。窯跡の全長は約11.5mで、覆屋があり自由に見学できる。

  • 国指定史跡 牛頸須恵器窯跡の一部(平成21年2月12日指定)
  • 窯跡の全長は約11.5m(市)
  • 覆屋は平成16年(2004)3月に建設(市)

03 / 平野神社の宮座

口に榊の葉をくわえた男性が、縦杵で餅をつく宮座。

Hirano-jinja, Onojo, Fukuoka 01.jpg
Photo by STA3816 (CC BY-SA 4.0)

牛頸の平野神社は、伝承で正暦年中(990〜994年)の創建と伝わる市内最古の神社。市の冊子は、10月に3日間の宮座を「現在でも」行うと記す。餅つきが最も神聖な儀式で、12人が椎の木を削った杵で、榊の葉を口にくわえてつく。

  • 創建は伝承で正暦年中(990〜994年)
  • 宮座は10月に3日間、12人の構成員が行う(市の冊子・令和3年3月改訂)
  • 餅つきは椎の木を削った杵を使い、榊の葉を口にくわえる

くらし

市の中心部は、幅が約1kmしかない。

  • 人口10万人規模

福岡市の南に隣接するひょうたん型の市域は、東西約6km、南北約8.5kmです。中心部は平坦で市域の50%を占め、牛頸川と御笠川が合流します。東北部の四王寺山や乙金山、南部と南西部の牛頸山などには、緑が残されています。

住んでいる人
102,085人
19952020

2015年より +2.6%

82,903 → 102,085人

面積
26.89km²

うち可住地 16.75km²

2024年

世帯数
42,781世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
5.9万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院7/診療所70

人口1万人あたり 7.5

2023年

面積26.89km²うち可住地16.75km² / 62%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 15園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

6市町村に、接している。

日本のなかの大野城市33.536°N 130.479°E
東京大阪大野城市
大野城市の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

11.1km

太宰府市・春日市・福岡市・宇美町・那珂川市・筑紫野市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

大野城市は、こういう町です。

  1. 01善一田古墳群は、乙金山の西側の裾に約30基の円墳と11基の土坑墓が集まる、6〜7世紀の群集墳です。18号墳の石室から鍛冶具などが出土し、鉄器づくりや朝鮮半島との交流に関わった人々と関係が深いことがわかります。福岡県の史跡(令和3年指定)で、善一田古墳公園として常時公開されています。
  2. 02郡境界標の原品は、平成12年に市の博物館(おおのじょうシティミュージアム、愛称は大野城心のふるさと館)へ移されました。ほかに、梅頭窯跡を含む国指定史跡の牛頸須恵器窯跡、牛頸の平野神社の宮座があります。『筑前国続風土記』に「冬至の夜だけは湧き出てこない」と記された筒井の井戸は、県指定有形民俗文化財です。
  3. 03福岡市の南に隣接し、博多と大宰府を結ぶ交通の要所として栄えたひょうたん型の市で、市名は665年に大野山(現在の四王寺山)に築かれた古代山城「大野城」に由来します。

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

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