Miyajidake Kofun, genshitsu-1.jpg
よみもの

40224 / ふくつし

福岡県

福津市

古墳の石室が、神殿になっている。

宮地嶽古墳|不動神社

Photo by Saigen Jiro (CC0)

01 / 新原・奴山古墳群

入海に面した台地に築かれた、宗像氏の墳墓と考えられる古墳群。

Shinbaru-Nuyama Necropolis 20161014.jpg
Photo by Heartoftheworld (CC BY-SA 4.0)

かつての入海に面した台地に、5世紀から6世紀にかけて築かれた。宗像氏の墳墓と考えられ、台地からは大島、さらに沖ノ島へと続く海を一望できる。22号墳は全長80mの帆立貝式古墳。

  • 世界遺産に登録 2017年7月
  • 5〜6世紀に築造(市)
  • 22号墳は全長80m(市)

02 / 在自西ノ後遺跡(唐坊)

「綱」「王千」と墨書きした陶磁器が、荷揚げ港の有力な物証になる。

平安時代末期から江戸時代前期まで続いた集落の跡で、中世の史料に「唐坊」などの名で出る。12世紀代の中国製陶磁器が多量に出土し、「綱」は貿易商人の綱首、「王千」は中国人の王氏を示すと考えられている。

  • 12世紀代の中国製陶磁器が多量に出土(市)
  • 市は「800年前のチャイナタウン」と紹介
  • 市指定史跡

03 / 藍の家(旧上妻家住宅)

明治34年建築の藍染の紺屋は、家主のご厚意で市に寄付された。

Tsuyazaki-sengen Ai-no-ie.jpg
Photo by STA3816 (CC BY-SA 4.0)

津屋崎千軒にある国登録の建物で、主屋は町家の姿をよく残す。塩木の大きな梁や三和土の広い土間が見られる。1994年に市へ寄贈され、保存・管理は市、運営は民間団体が行う。

  • 国登録有形文化財(主屋)
  • 明治34年建築(市)
  • 1994年に所有者から市へ寄贈

くらし

南北を車で縦断して20分ほど。農村も古い街並みも団地もある。

  • 人口7万人規模

旧福間町と旧津屋崎町が2005年に合併した市で、まちの西側は海に面している。生活に必要な施設はJR福間駅を中心にまとまり、日蒔野エリアでは商業施設・医療機関・学校・図書館・市役所などが徒歩圏にそろうと市は案内する。

住んでいる人
67,033人
20052020

2015年より +14%

55,677 → 67,033人

面積
52.76km²

うち可住地 39.18km²

2024年

世帯数
26,534世帯

1世帯 2.5人

2020年

家賃(借家の平均)
5.9万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院5/診療所50

人口1万人あたり 8.2

2023年

面積52.76km²うち可住地39.18km² / 74%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 7園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

3市町村に、接している。

日本のなかの福津市33.767°N 130.491°E
東京大阪福津市
福津市の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

13.3km

宗像市・古賀市・宮若市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

福津市は、こういう町です。

  1. 01宮地嶽古墳は、国指定史跡の津屋崎古墳群にある7世紀前半の円墳で、宮地嶽神社の奥の院「不動神社」の神殿になっています。横穴式石室は文化庁によれば長さ22mで、内部に不動明王が祀られています。
  2. 02石室の中は通常は閉まっていて入口で礼拝し、市は1月28日・2月28日・7月28日に内部へ入れると案内しています。出土した国宝は九州国立博物館(太宰府市)の所蔵です。津屋崎古墳群には、石室に石柱を立てる勝浦峯ノ畑古墳や、石室が宮地嶽古墳に似た手光波切不動古墳もあります。
  3. 03玄界灘に面した福津市には、毎年7月中旬に3つの追い山が津屋崎千軒を駆ける津屋崎祇園山笠、津屋崎干潟、県の天然記念物の恋の浦海岸、ウミガメが上陸する勝浦海岸もあります。

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。