Takehara kofun 04.jpg
よみもの

40226 / みやわかし

福岡県

宮若市

土俵の土取りで、古墳の入口が開いたという。

竹原古墳|装飾古墳

Photo by 水だらけのプール (CC BY-SA 4.0)

01 / 犬鳴御別館

有事に藩主をかくまう逃げ城が、険しい犬鳴谷に築かれた。

Inunaki-gobakkan.jpg
Photo by 郵便振替 (CC BY-SA 4.0)

幕末期、有事に備えて藩主をかくまうための逃げ城として築かれた。犬鳴谷は福岡藩の加藤司書の推挙で選ばれ、大手門と搦手門の跡、高石垣、庭園の池跡が残る。非公開の史跡で、見学は宮若市観光ガイドの会を通す。

  • 市指定史跡
  • 大手門と搦手門の跡・高石垣・庭園の池跡が残る
  • 「巴藤」の家紋の軒丸瓦が出土

02 / 若宮八幡宮の三十六歌仙絵

町役場の金庫にあった歌仙絵が、岩佐又兵衛の作と分かった。

昭和35年から当時の若宮町役場の金庫に保管され、昭和60年の鎮座八百年祭で初めて公開された。その画風に注目した人の調査依頼で、岩佐又兵衛勝以の作と判明した。原本は福岡市美術館に寄託されている。

  • 昭和35年から町役場の金庫に保管
  • 昭和60年に又兵衛の作と判明
  • 市指定有形文化財(絵画)

03 / 猫塚と追い出し猫の伝説

寺を荒らした大ねずみを退治した猫の伝説が、「猫塚」の名に残る。

Nekozuka Bus Stop.jpg
Photo by Muyo (CC BY-SA 4.0)

猫好きの和尚がいた西福寺で、猫が仲間を集めて大ねずみを退治し、和尚が亡きがらを供養したと語り継がれる。いまも「猫塚」の地名が残り、猫塚公園と猫形のバス停が整備されている。

  • 西福寺の大ねずみ退治の伝説
  • 「猫塚」の地名が残る
  • 猫塚公園に猫形のバス停

くらし

福岡市と北九州市の、ほぼ中間にある。

  • 人口3万人規模

宮若市は福岡市と北九州市のほぼ中間に位置し、太宰府県立自然公園に指定された三郡山系が西から南に連なる。2006年2月11日に宮田町と若宮町が合併して発足した。市役所へは、博多駅や直方駅からJR九州バスで行ける。

住んでいる人
26,298人
2010

2015年より −6.5%

30,081 → 26,298人

面積
139.99km²

うち可住地 56.58km²

2024年

世帯数
10,540世帯

1世帯 2.5人

2020年

家賃(借家の平均)
3.8万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院4/診療所20

人口1万人あたり 9.1

2023年

面積139.99km²うち可住地56.58km² / 40%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 5園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

9市町村に、接している。

日本のなかの宮若市33.724°N 130.667°E
東京大阪宮若市
宮若市の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

17.0km

飯塚市・宗像市・小竹町・鞍手町・久山町・直方市・篠栗町・古賀市・福津市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

宮若市は、こういう町です。

  1. 01宮若市竹原の竹原古墳は、6世紀後半頃に築かれた円墳で、石室に赤と黒の壁画が描かれた装飾古墳として国の史跡です。昭和31年、そばの相撲場の土俵の土取りの際に、古墳の入口が開口したという記録が残ります。
  2. 02犬鳴谷の犬鳴御別館は、幕末に有事に備えて藩主をかくまう逃げ城として築かれました。若宮八幡宮に伝わった三十六歌仙絵は昭和60年に岩佐又兵衛の作と分かり、いまは福岡市美術館に寄託されています。
  3. 03山口の猫塚には、大ねずみを退治した猫を弔ったと語り継がれる伝説があります。市の石炭記念館には、貝島炭砿が使ったアルコ22号機関車が展示され、日吉神社の神戸港の絵馬、平八月祭りの万年願踊り、若宮八幡宮の神幸祭も市や県の指定を受けています。

気になったら、町に聞いてみませんか。