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よみもの

40205 / いいづかし

福岡県

飯塚市

丘を囲む切石の列は、およそ2キロに及ぶ。

鹿毛馬神籠石

Photo by 川崎 宏一 (CC BY-SA 4.0)

01 / 鹿毛馬神籠石の水門

谷口をふさぐ土塁の下に、排水の暗渠が2か所築かれた。

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Photo by 川崎 宏一 (CC BY-SA 4.0)

谷口を長さ約60m、幅9mの土塁でふさぎ、その下に排水用の暗渠(地下水路)を築いた。暗渠は2か所とも全長約18m。土塁の中には約3m間隔で柱が見つかり、土塁の上で柵になっていた可能性も考えられている。

  • 暗渠2か所(全長約18m)
  • 土塁の長さ約60m・幅9m
  • 土塁中の柱は約3m間隔

02 / 旧伊藤傳右エ門氏庭園

座敷から眺める庭の池に、石造の噴水が2基ある。

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Photo by STA3816 (CC BY-SA 4.0)

炭鉱経営者の伊藤傳右エ門が造営した本邸の庭園で、国の名勝。柳原燁子(白蓮)との結婚を契機に完成したと文化庁は記す。大規模な築山と、独特の意匠の石造噴水施設を配した池泉があり、座敷から眺め、園内を回遊できる。

  • 国の名勝(2011年9月21日)
  • 石造噴水2基・石造の太鼓橋
  • 主屋は国の重要文化財(2020年12月23日)

03 / 立岩遺跡の石庖丁

遺跡の北西約5kmの山麓の石で、稲の収穫の道具を作った。

立岩遺跡の石庖丁づくりは弥生時代前期末に始まり、中期後半に最盛期を迎えた。石材は遺跡の北西約5kmの笠置山の山麓で採られ、淡い小豆色の輝緑凝灰岩を使う。市のパンフレットは、『立岩ブランド』の石庖丁が福岡・佐賀・朝倉地域を中心に北部九州各地へ広まったと記す。

  • 製作は弥生前期末に始まる
  • 石材の産地は北西約5km
  • 最盛期は弥生中期後半

くらし

福岡県のほぼ中央、山と川に囲まれる。

  • 人口13万人規模

福岡県のほぼ中央にあり、北と南は遠賀川平野、東は関の山、西は三郡山地などが広がる。市は、福岡市と北九州市の両政令指定都市への通勤・通学圏内としている。古代の大宰府官道、江戸時代の長崎街道が通る土地でもある。

住んでいる人
126,364人
2010

2015年より −2.2%

131,492 → 126,364人

面積
213.96km²

うち可住地 106.23km²

2024年

世帯数
55,762世帯

1世帯 2.3人

2020年

家賃(借家の平均)
4.5万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院12/診療所131

人口1万人あたり 11.3

2023年

面積213.96km²うち可住地106.23km² / 50%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103

人口は2010年以降(市域変更)。2006-03-26 に新設合併(筑穂町・穂波町・庄内町・頴田町)。2010年調査から市域が変わっている。

待機児童
—保育所等 26園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

13市町村に、接している。

日本のなかの飯塚市33.647°N 130.691°E
東京大阪飯塚市
飯塚市の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

22.5km

桂川町・嘉麻市・宮若市・篠栗町・小竹町・田川市・筑紫野市・筑前町・福智町・宇美町・糸田町・直方市・須恵町

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

飯塚市は、こういう町です。

  1. 01鹿毛馬神籠石は、馬蹄形の丘陵の外側に切石状の列石をめぐらせた遺跡で、7世紀頃の築造と考えられています。約2kmほど列石が並び、国の史跡です。
  2. 02旧伊藤傳右エ門氏庭園は国の名勝、旧伊藤家住宅の主屋と長屋門は国の重要文化財です。立岩遺跡堀田甕棺群の出土品は国の重要文化財で、飯塚市歴史資料館に収められています。
  3. 03嘉穂劇場は昭和6(1931)年に開場した木造2階建ての芝居小屋で、国の登録有形文化財です。ほかに、長崎街道の内野宿、国史跡の筑豊炭田遺跡群(目尾炭坑跡)があります。

気になったら、町に聞いてみませんか。