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よみもの

40621 / かんだまち

福岡県 京都郡

苅田町

祭りのうちに、山笠は3度姿を変える。

苅田山笠|宇原神社の祭り

Photo by Hiruya Nobuaki (CC BY-SA 4.0)

01 / 等覚寺の松会

海で身を清めた施主が、柱の頂で幣串を切り落とす。

等覚寺は、明治の廃仏毀釈まで豊前六峰と呼ばれた修験道の拠点の一つだった。祭りの3日前、施主は約10km離れた蓑島の海で身を清める。当日は柱を登り、刀で幣串を切り落とす。2026年は関係者のみでの実施と町が案内した。

  • 国の重要無形民俗文化財(1998年12月16日指定)
  • 塩会は蓑島まで約10km
  • 毎年4月第3日曜日

02 / 青龍窟

等覚寺の奥の院だった洞窟で、ナウマンゾウの頭蓋骨が出土した。

Seiryu Cave in Hiraodai 01.jpg
Photo by 八幡鏡太郎 (CC BY 4.0)

平尾台にある全長約3kmの鍾乳洞で、国の天然記念物。普智山等覚寺の奥の院として、修験道の修行場になっていた。1976年にナウマンゾウの頭蓋骨化石が出土した。洞口ホールには、豊玉姫を祀る祭壇が残る。

  • 国の天然記念物
  • 全長約3km
  • 1976年にナウマンゾウの頭蓋骨化石が出土

03 / 石塚山古墳と三角縁神獣鏡

江戸時代に見つかった鏡の破片に、1987年の調査の破片がぴったり合った。

石塚山古墳は、古墳時代前期の前方後円墳で国の史跡。江戸時代に地元の庄屋が見つけた三角縁神獣鏡の破片と、1987年の町教育委員会の調査で出た破片が、町の記述で「200年の時を超えて」合った。鏡7面などは宇原神社が所蔵する。

  • 国指定史跡(1985年1月31日)
  • 出土品は重要文化財(1953年3月31日)
  • 三角縁神獣鏡7面を宇原神社が所蔵

くらし

東は周防灘、西は平尾台に連なる。

  • 人口4万人規模
  • 郡部の町

苅田町は北九州市と行橋市の間にあり、東は周防灘に面し、西はカルスト台地の平尾台に連なります。苅田港と北九州空港があり、町は陸・海・空の交通結節拠点と記します。玄関口は、JR日豊本線の苅田駅です。

住んでいる人
37,684人
19952020

2015年より +7.8%

35,072 → 37,684人

面積
49.58km²

うち可住地 32.57km²

2024年

世帯数
17,722世帯

1世帯 2.1人

2020年

家賃(借家の平均)
4.3万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院3/診療所27

人口1万人あたり 8.0

2023年

面積49.58km²うち可住地32.57km² / 66%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 7園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

2市町村に、接している。

日本のなかの苅田町33.776°N 130.981°E
東京大阪苅田町
苅田町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

11.1km

行橋市・北九州市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

苅田町は、こういう町です。

  1. 01苅田山笠は、宇原神社の神輿のお供をする、福岡県指定の無形民俗文化財です。灯山、幟山、岩山と3度姿を変えます。
  2. 02等覚寺の松会は国の重要無形民俗文化財で、かつて英彦山などとともに豊前六峰と呼ばれた修験道の拠点の祭りです。奥の院だった青龍窟は平尾台の国の天然記念物で、1976年にナウマンゾウの頭蓋骨化石が出土しました。
  3. 03石塚山古墳は国の史跡で、江戸時代に出土した三角縁神獣鏡7面などが宇原神社に所蔵されています。岩山は14基が、この古墳近くの浮殿まで運行され、町内には国指定史跡の御所山古墳もあります。

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。