昭和村・武尊神社舞殿(貝野瀬)
よみもの

10448 / しょうわむら

群馬県 利根郡

昭和村

参道にまたがっていた割拝殿が、戦後に移された。

武尊神社舞殿|貝野瀬

Photo by Taisuke.Kasuya (CC BY-SA 4.0)

01 / 生越の横井戸

水に恵まれない生越の横井戸は、3カ所を測ると68〜95mあった。

生活用水を確保するため、林弥吉らが中心となり、明治19〜21年(1886〜1888)に掘削されたと村は記します。昭和63年(1988)に5カ所のうち3カ所の長さを調べると、最長は全長95m、最短でも68mありました。

  • 明治19〜21年に掘削
  • 最長95m・最短68m(3カ所を計測)
  • 平成4年に村指定史跡

02 / 雲昌寺の大ケヤキ

弘化4年の火事で、寺への延焼を防いだという大ケヤキ。

目通り8.4m、樹高は目測18m、樹齢は約700年と推定されると村は記します。弘化4年(1847)の火事では南面に火を受けつつ寺への延焼を防いだといい、その損傷から樹幹は大きく空洞化しています。

  • 目通り8.4m
  • 樹齢約700年と推定
  • 昭和32年に県の天然記念物

03 / 鍛屋地古墳

7世紀前半と考えられる円墳の石室から、五鈴鏡など300点以上が出土した。

平成5年(1993)に発掘調査された円墳で、主体部は自然石乱石積両袖型の横穴式石室です。石室内から五鈴鏡・武器類・馬具類・金属製品など300点以上が出土したと村は記します。

  • 築造は7世紀前半と考えられる
  • 出土品300点以上
  • 平成9年に村指定史跡

空から見た昭和村

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2019年9月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

駅の無い村。岩本駅から車で約10分。

  • 人口7千人規模
  • 郡部の町

村に鉄道の駅は無く、村は、東京駅から上越新幹線で高崎駅、上越線に乗り換えて岩本駅へ行き、そこから車で約10分と案内します。上毛高原駅からは車で約30分です。

住んでいる人
6,953人
19952020

2015年より −5.4%

7,962 → 6,953人

面積
64.14km²

うち可住地 38.99km²

2024年

世帯数
2,601世帯

1世帯 2.7人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所2

人口1万人あたり 2.9

2023年

面積64.14km²うち可住地38.99km² / 61%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 3園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

2市町村に、接している。

日本のなかの昭和村36.640°N 139.066°E
大阪昭和村
昭和村の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

9.9km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

昭和村は、こういう町です。

  1. 01貝野瀬の武尊神社舞殿は、文政3年(1820)の建築といわれる村指定の重要文化財で、参道の敷石にまたがる割拝殿だったものが戦後に現在の場所へ移され、廻り舞台の仕掛がある
  2. 02生越の横井戸は明治19〜21年に掘られた村指定の史跡、雲昌寺の大ケヤキは弘化4年の火事で寺への延焼を防いだという県指定の天然記念物
  3. 03鍛屋地古墳は7世紀前半と考えられる円墳で、石室から五鈴鏡など300点以上が出土し、村は群馬県北部の利根郡にあって鉄道の駅が無い

気になったら、町に聞いてみませんか。