興部町・ルゴーサエクスプレス
よみもの

01561 / おこっぺちょう

北海道 紋別郡

興部町

駅跡に、花を描いた緑のディーゼルカー。

ルゴーサエクスプレス

Photo by Suikotei (CC BY-SA 4.0)

01 / 米田御殿

大正11年、伯爵を迎える迎賓館が建てられた。

町公式によると、大正11年に柳原義光伯爵の来村を受け、村民の米田常作氏が自所有の山林を資材に、迎賓館として建てました。平成元年10月1日、町の歴史遺産第1号の指定を受けました。

  • 1922年(大正11年)建築
  • 木造平屋建、96.86平方メートル
  • 1989年10月1日 町歴史遺産第1号

02 / 名寄本線の橋梁

旧名寄本線の橋梁の姿を、2008年の写真が伝える。

興部町の名寄本線の橋梁
Photo by Opqr (CC BY-SA 4.0)

町公式は、大正10年に国鉄名寄線が全通し、農業・林業・漁業が飛躍的に発展したと記します。Wikimedia Commons には、旧名寄本線の思沙留川橋梁として、2008年に興部町富丘で撮られた写真があります。

  • 1921年(大正10年)国鉄名寄線が全通
  • 興部町富丘の思沙留川橋梁
  • 2008年8月 撮影

03 / 町名のオウコッペ

「川尻の合流しているところ」が、町名の由来とされている。

興部町の町名のオウコッペ
Photo by 切干大根 (CC BY-SA 4.0)

町公式は、町名の「おこっぺ」はアイヌ語「オウコッペ」より転訛したもので、「川尻の合流しているところ」の意と記します。当時は興部川と藻興部川が合流して海に注いでいたため、そう呼んだとされています。

  • アイヌ語「オウコッペ」=川尻の合流しているところ
  • 興部川と藻興部川が合流して海に注いだ
  • 町公式は「とされています」と記す

空から見た興部町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2024年5月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

札幌市まで290km、旭川市まで152km。

  • 人口4千人規模
  • 郡部の町

町公式の交通アクセスは、車で札幌市まで290km・約5時間30分、旭川市まで152km・約3時間と記します。町内に鉄道の駅は無く、JR名寄駅からの路線バスか紋別市発着の都市間バスの利用が一般的と記します。

住んでいる人
3,628人
19952020

2015年より −7.2%

5,277 → 3,628人

面積
362.55km²

うち可住地 83.35km²

2024年

世帯数
1,725世帯

1世帯 2.1人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院1/診療所0

人口1万人あたり 2.8

2023年

面積362.55km²うち可住地83.35km² / 23%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 2園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

4市町村に、接している。

日本のなかの興部町44.470°N 143.124°E
東京大阪興部町
興部町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

23.5km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

興部町は、こういう町です。

  1. 01興部町の道の駅おこっぺは興部駅跡地にあり、町公式は、そのジョイパーク内にある、ディーゼルカーを改装して作られた「ルゴーサエクスプレス」を紹介する
  2. 02大正11年に柳原義光伯爵の来村を受けて建てられた迎賓館「米田御殿」は、平成元年10月1日に町の歴史遺産第1号に指定された。町公式のページが、建築年・構造・指定日を載せる
  3. 03町公式は、大正10年に国鉄名寄線が全通したと記し、町名の「おこっぺ」は、アイヌ語「オウコッペ」(川尻の合流しているところ)から転訛したとされると記す

気になったら、町に聞いてみませんか。