美里町・山神社(町屋敷への遷座)
よみもの

04505 / みさとまち

宮城県 遠田郡

美里町

宿駅の開設に際して、社は町屋敷へ移った。

山神社|町屋敷への遷座

Photo by Bachstelze (CC BY-SA 3.0)

01 / 史跡

縄文の貝塚から古墳時代の周濠まで、一つの段丘に跡が重なる。

美里町の史跡
Photo by MChew (CC BY-SA 4.0)

縄文時代早期の貝塚は小範囲で、カキ・ハマグリなど海の貝からなります。古墳時代前期には段丘の端をめぐって幅4〜6mの周濠が掘られ、囲まれた内側に集落が営まれました。

  • 1976年に国の史跡に指定
  • 貝層は径15m
  • 周濠は幅4〜6m

02 / 品種登録

リンゴのような梨「アッピー」は、小牛田町が品種登録を受けた。

品種登録の公報(2005年10月24日)に、なしの「アッピー」が、登録を受けた者を小牛田町として載ります。町公式は、リンゴのような梨「リンゴナシ」の品種として紹介しています。

  • 品種登録番号13423
  • 2005年10月24日の公報
  • 登録を受けた者は小牛田町

03 / 古木

小高い丘の公園に、750年余りと言い伝えられる槻が立つ。

南郷地域の中央部、木間塚地区の小高い丘に十王山公園があります。公園には、750年余りと言い伝えられる槻の木が、町民を見守るように立っています。

  • 750年余りと言い伝えられる
  • 木間塚地区の小高い丘
  • 南郷地域の中央部

空から見た美里町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2023年11月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

小牛田駅で、3つの路線が交差する。

  • 人口2万人規模
  • 郡部の町

町は、東北本線・陸羽東線・石巻線が交差する交通の要衝と紹介しています。小牛田駅へは、仙台駅から45分、古川駅から陸羽東線で12分と案内されています。

住んでいる人
23,994人
2010

2015年より −3.5%

25,190 → 23,994人

面積
74.99km²

うち可住地 74.85km²

2024年

世帯数
8,565世帯

1世帯 2.8人

2020年

家賃(借家の平均)
3.7万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院2/診療所11

人口1万人あたり 5.4

2023年

ほとんど、平地。ほぼ全域が可住地(99.8%)
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 2園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に囲まれ、ほとんどが平地。

日本のなかの美里町38.544°N 141.057°E
東京大阪美里町
美里町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

17.2km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

美里町は、こういう町です。

  1. 01小牛田の山神社は、1662年に仙台藩が小牛田駅を開設する際、南小牛田村町屋敷の地に社殿を造営・遷座したと、社の年表に記される。現在の境内への遷座は大正6年(1917)
  2. 02山前遺跡は国の史跡で、縄文時代早期の貝塚と、古墳時代前期の周濠をもつ集落跡が、同じ段丘に営まれている
  3. 03アッピーは小牛田町が2005年に品種登録を受けた梨で、木間塚の十王山公園には、750年余りと言い伝えられる槻の木が立つ

気になったら、町に聞いてみませんか。