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よみもの

43348 / みさとまち

熊本県 下益城郡

美里町

廃線に、八角形の洞門が七基つらなる。

八角トンネル|熊延鉄道遺構

Photo by くまもと急行鉄道 (Public domain)

01 / 霊台橋

惣庄屋が石橋を計画し、石工72人が各地から集められた。

Reitai Bridge 01.jpg
Photo by Taken by YAPON(ja:利用者:YAPON) (CC BY-SA 3.0)

緑川本流の難所・船津峡の木橋は、いずれも流されました。砥用手永の惣庄屋・篠原善兵衛が石橋を計画し、種山手永の宇助を棟梁に、総勢72人の石工が集められて、弘化3〜4年(1846〜47)に架けられました。路面長89.86m、高さ16.30m。国の重要文化財で、所有は美里町です。

  • 石工 総勢72人
  • 工事 弘化3〜4年(1846〜47)
  • 路面長89.86m・高さ16.30m

02 / 馬門橋

橋を保護するため、「車一切通扁可ら須」の石碑が立てられている。

馬門橋 - panoramio.jpg
Photo by sk01 (CC BY-SA 3.0)

津留川に架かる馬門橋は、文政11年(1828)に中山手永の惣庄屋・小山喜十郎のもと、備前の石工・勘五郎と茂吉らが架けました。橋近くの道沿いの石碑は「くるまいっさいとおすべからず」と読みます。小山喜十郎は馬門橋を皮切りに、二俣渡など計7基の石橋を架けました。

  • 文政11年(1828) 架橋
  • 備前の石工 勘五郎・茂吉ら
  • 小山喜十郎が計7基を架橋

03 / 堅志田城跡

二つの尾根に、郭11か所を持つ阿蘇氏の大規模な山城。

緑川中流左岸、最高236mの「城山」の尾根にある阿蘇氏の山城です。古文書には大永3年(1523)に初めて城の名が見えます。昭和62年から25次にわたる調査が行われ、郭11か所や堀切などを備える大規模な城跡と分かりました。平成18年に国の史跡に指定されました。

  • 郭 11か所
  • 昭和62年から25次の調査
  • 平成18年 国の史跡

くらし

駅は無く、熊本から路線バスで82分。

  • 人口9千人規模
  • 郡部の町

平成16年11月1日に旧砥用町と旧中央町が合併して生まれた町。総面積144.03km²のうち約4分の3(107.59km²)を森林が占める中山間地域で、農地の大部分は丘陵地や傾斜地の棚田等です。熊本バスの路線バスは、桜町バスターミナルから砥用中央まで平日の便で82分。町公式は、町内に約30基の石橋があると記します。

住んでいる人
9,392人
20052020

2015年より −9.1%

12,254 → 9,392人

面積
144km²

うち可住地 39.98km²

2024年

世帯数
3,439世帯

1世帯 2.7人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院2/診療所6

人口1万人あたり 8.5

2023年

面積144km²うち可住地39.98km² / 28%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 4園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの美里町32.640°N 130.789°E
東京大阪美里町
  • 熊本まで路線バス82分

所要時間は熊本バス公式の路線バス時刻検索(https://www.kuma-bus.co.jp/bustime/ の API。時刻表は『令和8年10月1日から』・2026-09-17告知)。M4-2『桜町バスターミナル→田迎→イオン→辺場→砥用』の平日:桜町バスターミナル発 10:20→砥用中央着 11:42、11:40→13:02、13:00→14:22(いずれも82分)、18:00→19:28(88分)。土曜 7:20→8:37(77分)・10:10→11:34(84分)、日祝 15:20→16:46(86分)。K2-5『桜町バスターミナル→県庁→健軍→甲佐→砥用』の平日 8:27→10:03(96分)・16:00→17:45(105分)。逆向き(砥用中央発)の平日は M4-2 が 6:07→7:33(86分)・9:32→10:54(82分)・11:24→12:46(82分)ほか(2026-10-03 確認)。時間帯により異なります。

かたち

5市町村に、接している。

美里町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

11.5km

山都町・八代市・甲佐町・御船町・宇城市

美里町は、こういう町です。

  1. 01小筵にある熊延鉄道の遺構「八角トンネル」は、線路の両側の岩が崩れるのを防ぐための洞門です。八角形の枠が7基連なり、間が空いていて、町の観光サイトは「形も構造も謎が多い」と記します。
  2. 02緑川に架かる霊台橋は、惣庄屋の計画で石工72人が架けた国の重要文化財。町には約30基の石橋があり、馬門橋のそばには「車一切通扁可ら須」の石碑が立てられています。
  3. 03堅志田城跡は、阿蘇氏の山城で国の史跡。県指定の「中山手永の石橋群」には二俣渡と二俣福良渡の兄弟橋も含まれ、柏川井手の水路橋・雄亀滝橋も県指定です。

気になったら、町に聞いてみませんか。