Yatogi Waterfall 2009 001.JPG
よみもの

45406 / つのちょう

宮崎県 児湯郡

都農町

削られにくい堅い岩に、滝がいくつも掛かる。

尾鈴山瀑布群|矢研の滝

Photo by Sanjo (CC BY-SA 3.0)

01 / 願祝子(都農神楽)

病む子の平癒を祈る親が、神楽の舞人にと誓う「願祝子」。

Tsuno-jinja kaguraden.JPG
Photo by Saigen Jiro (CC0)

明治の都農神社宮司が記した由緒記には、子が病んで危篤となったとき、親が平癒を祈願し、お礼に御神楽の舞人として仕えさせると誓う「願祝子」の習いが載ります。年限は三年から終身まで様々。神楽は毎年12月4日の前夜祭と5日の例大祭後に、境内で奉納されます。

  • 由緒記「願祝子の事」
  • 年限は三年から終身まで
  • 奉納は12月4日・5日

02 / 赤木家住宅

本陣の部分と暮らしの部分が、同じ棟に造られている。

町公式は、本陣は別棟に建てるのが常だが、赤木家住宅は本陣部分と居住部分が同じ棟にあり、全国的にも珍しいと書きます。天保8年(1837)に高鍋藩から本陣の許可を得て、藩主や幕府役人が泊まりました。火災で類焼した主屋は、1844年のうちに再建されています。

  • 本陣の許可 天保8年(1837)
  • 主屋 天保15年(1844)
  • 国の重要文化財 2004-12-10

03 / 旧藩都農牧駒追込場跡

馬を追い込んで捕らえた、直径10m・深さ2mのすり鉢状の窪み。

県の文化財情報によると、旧高鍋藩の都農牧はJR都農駅の北側、日向灘に面した原野にあり、いまは耕地となって駒追込場跡が僅かに残るのみです。馬牧は慶長年間に高鍋藩主の秋月氏が再興し、軍馬数百頭を放牧しましたが、安政年間に廃絶しました。

  • 県指定史跡 1936-07-17
  • 慶長年間に再興
  • 安政年間に廃絶

くらし

都農駅の前から、尾鈴山の稜線が見える。

  • 人口10千人規模
  • 郡部の町

観光協会のガイドマップは、JR日豊本線の都農駅の前から、尾鈴山の稜線を眺められると案内します。尾鈴山は町の西側に南北に延びる山で、名貫川の源流の谷には、矢研谷・甘茶谷・欅谷があります。

住んでいる人
9,906人
19952020

2015年より −4.7%

12,618 → 9,906人

面積
102.11km²

うち可住地 33.57km²

2024年

世帯数
3,960世帯

1世帯 2.5人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院1/診療所6

人口1万人あたり 7.1

2023年

面積102.11km²うち可住地33.57km² / 33%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 5園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

3市町村に、接している。

日本のなかの都農町32.257°N 131.560°E
東京大阪都農町
都農町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

10.5km

日向市・川南町・木城町

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

都農町は、こういう町です。

  1. 01尾鈴山瀑布群は、国の名勝。指定の説明は、石英斑岩の堅岩が侵食されにくく、渓流の水量が豊富なため、山中に岩見・榎の葉・矢研など各異色の滝を蔵すと記します。矢研の滝は、神武天皇が矢を研いだことが名の由来と伝わります。
  2. 02都農神楽は、都農神社を伝承拠点とする神楽。比木神楽・三納代神楽とともに高鍋神楽と総称され、県の文化財情報によれば、2026年3月に国の重要無形民俗文化財に指定されました。夏大祭(8月1日・2日)では、各地区の太鼓台が町内を巡ります。
  3. 03赤木家住宅は、豊後街道に面して建ち、本陣も兼ねた商家の住宅で、国の重要文化財。旧藩都農牧駒追込場跡は、馬を追い込んで捕らえた窪みが残る、県指定史跡です。

気になったら、町に聞いてみませんか。