平谷村・平谷宿(中馬の宿場)
よみもの

20409 / ひらやむら

長野県 下伊那郡

平谷村

馬屋を備えた馬宿が、栄えた宿場町。

平谷宿|中馬の宿場

Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

01 / 大鍬様

伊勢の神を乗せた神輿は、浪合の関所を通れず、平谷止まりになったと伝わる。

寛保2年(1742)に伊勢豊受大神を乗せた神輿を街道の村々で送ったのが始まりと、旧村公式は記します。伊那街道では浪合の関所を通れず、神輿は平谷止まりになりました。2005年の記事では、4月17日に神輿が自治会から自治会へ引き継がれました。

  • 寛保2年(1742)に始まる
  • 神輿は平谷止まり
  • 自治会から自治会へ引き継ぐ

02 / お津島様

7月14日の夜、各戸の白樺の枝先にロウソクを立ててきた。

旧村公式は、毎年7月14日に各戸でお津島様を行うと記します。山から切った白樺の枝先にロウソクを立てて燈明台の代わりにし、灯がともると町中が夜景になるといいます。翌日の川原飯は、2005年の記事で行われなくなってきたとされます。

  • 7月14日
  • 白樺の枝先のロウソク
  • 翌日は川原飯

03 / 中馬

馬の背で、米や紙を信州の外へ運び、塩や茶、魚を信州の中へ運び入れた。

平谷村の中馬
Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

中馬は馬の背に荷を乗せて運ぶ輸送手段で、農閑期の百姓の副業として始まったと村公式は説明します。信州からは米穀類・紙・たばこ・酒、信州へは塩・茶・魚・繰綿が運ばれました(道によって荷は違う)。村内には馬頭観音が点在します。

  • 農閑期の副業
  • 米穀類・紙・たばこ・酒
  • 塩・茶・魚・繰綿

空から見た平谷村

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2022年5月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

駅の無い村へは、車か西部コミュニティバスで。

  • 人口1千人規模
  • 郡部の町

村に鉄道の駅は無く、村公式のアクセスのページは、車(中央自動車道の飯田山本ICから国道153号で約30分)と西部コミュニティバスの時刻表を案内します。玄関口は平谷村役場です。

住んでいる人
387人
19952020

2015年より −20%

660 → 387人

面積
77.37km²

うち可住地 2.37km²

2024年

世帯数
196世帯

1世帯 2.0人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所1

人口1万人あたり 25.8

2023年

面積77.37km²うち可住地2.37km² / 3%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 0園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

1県・6市町村に、接している。

日本のなかの平谷村35.323°N 137.630°E
東京大阪平谷村
平谷村の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

15.1km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

平谷村は、こういう町です。

  1. 01平谷宿は、江戸から明治にかけて幕府の伝馬制度による宿場として、また中馬のための馬屋を備えた馬宿が発達した宿場町として栄えたと村公式は記し、西町と柳平は歴史探訪マップが宿場の面影が残る町並みとする
  2. 02大鍬様は寛保2年(1742)に伊勢豊受大神の神輿を街道の村々で送ったのが始まりと旧村公式が記す祭りで、神輿は浪合の関所を通れず平谷止まりになった。7月14日のお津島様では、各戸が白樺の枝先にロウソクを立てる
  3. 03中馬は農閑期の百姓の副業として始まり、米穀類・紙・たばこ・酒を信州の外へ、塩・茶・魚・繰綿を信州へ運んだ。村に鉄道の駅は無く、村公式は車と西部コミュニティバスを案内する

気になったら、町に聞いてみませんか。