Daitsu-ji Temple in Yakage Town at its garden2.jpg
よみもの

33461 / やかげちょう

岡山県 小田郡

矢掛町

庭を築くのに、21年かけた。

大通寺庭園|石寿園

Photo by ブルーノ・プラス (CC BY 4.0)

01 / 矢掛宿

本陣と脇本陣が、ともに重要文化財として残り、本陣の屋敷には酒造の倉も建つ。

160320 Former Yakage Honjin Ishii Family Residence Yakage Okayama pref Japan01s3.jpg
Photo by 663highland (CC BY-SA 4.0)

矢掛宿は江戸時代、山陽道の宿場町として、大名が泊まる本陣・脇本陣が置かれた。旧本陣の石井家は酒造も営み、酒倉や内倉が建つ。脇本陣の髙草家は金融業と藩の掛屋で栄えた。文化遺産オンラインは、両方が重要文化財で揃って残るのは全国唯一と記す。

  • 重要伝統的建造物群保存地区に選定(令和2年12月23日・約11.5ha・町公式)
  • 旧本陣は11棟・旧脇本陣は9棟が重要文化財(岡山県)
  • 旧本陣の敷地は約1,000坪(町公式)

02 / 下道氏墓

丘陵の斜面に造られた下道氏の墓地から、和銅元年の銘がある銅の骨蔵器が見つかった。

下道圀勝圀依母骨蔵器 (複製).JPG
Photo by Saigen Jiro (Public domain)

矢掛町東三成の丘陵に、吉備地方の豪族・下道氏の墓地が造られた。ここから和銅元年(708年)の銘のある銅製骨蔵器などが発見された。墓は国の史跡、銅壺は圀勝寺が所有・管理する国の重要文化財。写真は複製。

  • 下道氏墓は国の史跡(大正12年3月7日指定・岡山県)
  • 銅壺は国の重要文化財(昭和31年6月28日指定・所有は圀勝寺・岡山県)
  • 掲載の写真は複製(Wikimedia Commons)

03 / 毎戸遺跡

古代山陽道の「小田の駅家」とされる遺跡で、瓦だまりと建物の礎石が発見されている。

駅家は古代の街道で、役人の宿泊や馬の交換を行った施設。毎戸遺跡では町教育委員会の発掘調査で、古代の瓦だまりや建物の礎石などが発見されている。昭和47〜48年度の調査では「馬」と記された土師器が出土した。

  • 毎戸遺跡は古代山陽道の「小田の駅家」(町公式・2023年12月)
  • 古代の瓦だまりや建物の礎石などが発見(町公式・2023年12月)
  • 昭和47〜48年度の調査で「馬」と記された土師器が出土(町の地域計画案)

くらし

町の中心を、小田川が東西に貫く。

  • 人口1万人規模
  • 郡部の町

面積90.62km²。林野が約64%を占め、小田川とその支流沿いに肥沃な平地が広がる。北部は吉備高原の南端で、南部には遙照山や弥高山など海抜300〜400m級の山が連なる。

住んでいる人
13,414人
19952020

2015年より −5.5%

16,803 → 13,414人

面積
90.62km²

うち可住地 32.52km²

2024年

世帯数
5,000世帯

1世帯 2.7人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院2/診療所9

人口1万人あたり 8.2

2023年

面積90.62km²うち可住地32.52km² / 36%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 4園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に、接している。

日本のなかの矢掛町34.627°N 133.587°E
東京矢掛町
矢掛町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

14.8km

井原市・総社市・倉敷市・浅口市・笠岡市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

矢掛町は、こういう町です。

  1. 01矢掛町小林の大通寺には、県の名勝に指定された庭園があります。石寿園とも呼ばれ、寛政5年(1793)から文化10年(1813)にかけて築かれ、観光公式は21年の歳月をかけたと記します。
  2. 02矢掛宿は山陽道の宿場町で、旧本陣石井家住宅と旧脇本陣髙草家住宅がともに重要文化財です。東三成の下道氏墓は国の史跡で、町の資料は下道氏の出身に吉備真備を挙げます。
  3. 03面積90.62km²の町を、小田川が東西に貫きます。矢掛の宿場まつり大名行列は、毎年11月第2日曜に矢掛の商店街で行われてきました。

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

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