Stone wall of nemoto.JPG
よみもの

47353 / とかしきそん

沖縄県 島尻郡

渡嘉敷村

唐儲けで建てたといわれる、屋敷の石垣。

根元家の石垣|船頭の屋敷

Photo by Snap55 at Japanese Wikipedia (CC BY 3.0)

01 / 渡嘉敷区の大綱引き

一期作の稲わらを持ち寄り、区民総出で東西に分かれて綯い、大綱を引く。

渡嘉敷区の住民が総出で東西に分かれ、一期作で収穫された稲わらを持ち寄って綱を綯い、大綱を作ります。村の公式は古くからの習わしと紹介しています。西が勝てば豊作、東が勝てば豊漁と言われ、2026年の夏にも行われました。

  • 一期作で収穫された稲わら
  • 東西に分かれて綱を綯う
  • 西が勝てば豊作、東が勝てば豊漁と言われる

02 / ハナリ島遠泳

阿波連ビーチから約1km離れた島を起点に、全校児童が遠泳に取り組む。

Ri Island viewed from Tokashiki, Okinawa; January 2020.jpg
Photo by Joseph Bylund (CC BY-SA 2.0)

阿波連小学校の伝統行事で、村の令和8年度の年間行事予定表にも載ります。2026年6月22日の第38回では、児童18人全員が、ハナリ島と阿波連ビーチの間の約1kmを泳ぎました。笹川平和財団の紹介では、保護者と教職員も取り組みます。

  • 阿波連ビーチから約1km離れた島が起点
  • 2026年6月22日に第38回
  • 児童18人全員が参加

03 / 北山の烽火台跡

島々から烽火でつなぎ、最後にここから沖縄本島の首里王府へ伝えたという。

北山の国立沖縄青少年交流の家の敷地内に、烽火台(ヒータティーヤー)の跡が残ります。環境省の案内では、江戸時代、進貢船や冊封船が久米島や慶良間の島々に近づくと、烽火で島々を順に伝え、最後にここから沖縄本島に伝えて首里王府に連絡したといいます。

  • 国立沖縄青少年交流の家の敷地内
  • 進貢船・冊封船の接近を烽火で伝えたという
  • 久米島や慶良間の島々から順に伝えたという

くらし

那覇から村営の高速船で40分、島の村。

  • 人口1千人規模
  • 郡部の町

渡嘉敷村は渡嘉敷島と周りの無人島からなる村で、鉄道はありません。玄関口は渡嘉敷港です。村の時刻表では、那覇の泊港発のマリンライナーとかしきが約40分で着き、天候で運航が変わることがあります。

住んでいる人
718人
19952020

2015年より −1.6%

725 → 718人

面積
19.23km²

うち可住地 2.04km²

2024年

世帯数
389世帯

1世帯 1.8人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所1

人口1万人あたり 13.9

2023年

面積19.23km²うち可住地2.04km² / 11%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 0園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの渡嘉敷村26.197°N 127.364°E
東京大阪渡嘉敷村
渡嘉敷港
渡嘉敷港2021年
  • 那覇までマリンライナーとかしき40分

所要時間は渡嘉敷村公式『時刻表 運賃表 予約連絡先』(https://www.vill.tokashiki.okinawa.jp/sempakujoho/unchin/2781.html 。更新日 2026-10-01)と『船舶情報』『English Information for Visitors』(更新日 2026-10-01)。マリンライナーとかしき(高速船・旅客のみ)は『所要時間約40分』、泊港発 9:00 → 渡嘉敷港着 9:40(夏時間 3/1〜9/30 の2便目は 16:30→17:10、冬時間 10/1〜2月末は 16:00→16:40。GW・7〜9月の金土日は3便)。フェリーとかしき(車両・貨物可)は『所要時間約70分』、泊港発 10:00 → 渡嘉敷港着 11:10の1日1往復。村公式の月別運航予定表PDF(2026年10月分〈2026-07-25作成〉・11月分〈2026-09-01作成〉・12月分〈2026-10-01作成〉)の10月の各日にも、マリンライナー1便 9:00→9:40・フェリー 10:00→11:10 が毎日読める。(2026-10-07 確認)。時間帯により異なります。

かたち

0市町村に、接している。

渡嘉敷村の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

14.7km

渡嘉敷村は、こういう町です。

  1. 01根元家の石垣は字渡嘉敷にある村指定有形文化財で、石灰岩を精巧に切り取って積んだ石垣と屋敷内のヒンプンが残り、渡唐船の船頭役を務めた当家の主が「唐儲け」により建設したといわれる
  2. 02県立埋蔵文化財センターの資料によれば、船越原遺跡は阿波連集落の南約3kmの浦海岸にある縄文時代から弥生並行時代の遺跡で、沖縄で最も古い土器の一つとされる爪形文土器が出ている
  3. 03村の公式によれば、鰹漁は明治36年に始まり、同じ年に鰹節製造工場もできて、1964年に操業を停止し、工場跡には鰹節乾燥小屋とレンガ造りの煙突が立つという

気になったら、町に聞いてみませんか。