Behind the Yonabaru Station historical museum 20241004.jpg
よみもの

47348 / よなばるちょう

沖縄県 島尻郡

与那原町

駅舎は復元でも、柱は1931年から残る。

沖縄県鉄道与那原駅跡

Photo by Rsa (CC BY-SA 3.0)

01 / 与那原大綱曳

藁は、金武町の屋嘉区から買い付ける。綱は、町内13の区が割り当てで綯う。

藁は、戦前は知念村や玉城村など近隣から、戦後はやんばるから調達してきました。いまは金武町の屋嘉区から5,000坪、5トンを買い付けます。13区が綯った綱を東西に束ね、途中に枝綱のある長さ50間(90m)の大綱になります。

  • 藁は5,000坪・5トン
  • 13区が割り当てで綯う
  • 長さ50間(90m)

02 / 山原船と馬車スンチャー

山原船の海運と荷馬車が結びつき、与那原村は物流拠点の地位を確立した。

明治36(1903)年、土地整理で王府の所有地が解放されると、首里や那覇からの居住人がそこを拠点に、馬艦船(山原船)の海運業を起こしました。同じ年に那覇と結ぶ佐敷街道が開通し、荷馬車業も始まります。町公式は与那原を、山原船と馬車スンチャーで栄えた港町と紹介します。

  • 1903年に海運業が始まる
  • 同じ年に荷馬車業が始まる
  • 佐敷街道が那覇と結ぶ

03 / 運玉森

北西の運玉森と東南の雨乞森に抱かれ、町は中城湾に向かって広がる。

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Photo by Kugel (CC BY-SA 4.0)

運玉森は標高158m、西原町との境にまたがる山です。県の風景づくりポータルは、島尻層群のシルト質泥岩層と砂岩層からなるピラミッド状の山と記します。東南の雨乞森は133m。平成8年に始まったマリンタウン埋立事業で、海岸線の先0.82km2が埋め立てられました。

  • 運玉森158m
  • 雨乞森133m
  • 埋立0.82km2

くらし

那覇市から9km、沖縄島の東海岸にある町。

  • 人口2万人規模
  • 郡部の町

与那原町は面積5.18km2で、鉄道の駅はありません。玄関口は路線バスの与那原町役場入口です。町立資料館の案内では、那覇バスターミナルから東陽バスの37番・338番、沖縄バスの39番・339番などで着きます。

住んでいる人
19,695人
19952020

2015年より +7%

14,850 → 19,695人

面積
5.18km²

うち可住地 4.5km²

2024年

世帯数
7,949世帯

1世帯 2.5人

2020年

家賃(借家の平均)
5.4万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院1/診療所8

人口1万人あたり 4.6

2023年

面積5.18km²うち可住地4.5km² / 87%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 8園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

3市町村に、接している。

日本のなかの与那原町26.200°N 127.755°E
東京大阪与那原町
与那原町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

3.2km

南城市・西原町・南風原町

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

与那原町は、こういう町です。

  1. 01沖縄県鉄道与那原駅跡は、1931年に鉄筋コンクリート造に建て替えた駅舎の柱(琉球新報は9本と報じた)と出土したレールを対象に、2017年に国の登録記念物になった。駅舎は復元され、町立の資料館になっている
  2. 02与那原大綱曳の綱は、町内13の区が割り当てで綯い、綱の途中に枝綱が付く。藁は金武町の屋嘉区から買い付け、雄綱と雌綱をつなぐカナチ棒は、ひび割れを防ぐため普段は水の中に保管される
  3. 03与那原は山原船と馬車スンチャーで栄えた港町として町公式に紹介され、御殿山と親川は東御廻りの拝所で、北西の運玉森は158m、西原町との境にまたがる

気になったら、町に聞いてみませんか。