01 / 阿波国分尼寺跡
国分寺は徳島市に、国分尼寺は石井町に。字名「尼寺」から、跡と推定されてきた。

聖武天皇の詔で国分寺と国分尼寺が建てられ、阿波の国分尼寺は現在の石井町にあった。昭和45〜46年の発掘で金堂・北門などが確かめられ、寺域は約160m四方に及ぶ。昭和48年に国の史跡に指定され、管理団体は石井町。
- 寺域は約160m四方(町公式)
- 昭和45〜46年に発掘調査(同)
- 国の史跡に指定:昭和48年4月14日
01 / 阿波国分尼寺跡

聖武天皇の詔で国分寺と国分尼寺が建てられ、阿波の国分尼寺は現在の石井町にあった。昭和45〜46年の発掘で金堂・北門などが確かめられ、寺域は約160m四方に及ぶ。昭和48年に国の史跡に指定され、管理団体は石井町。
02 / 桜間の池跡

夫木和歌集に「鏡とも見るべきものを」と詠まれた美しい池は、江戸後期には池跡となっていたようだ。それを惜しんだ阿波藩主蜂須賀斉昌の命で、由岐浦の海中の巨岩が文政11年(1828)から7年をかけて引き上げられ、この地に建てられた。
03 / 地福寺の藤

地福寺の境内には、紫藤と白藤の藤棚がある。南北30m・東西6mの藤棚は、見ごろに花房が1mにも及ぶ。藤は町の花でもあり、藤まつりが毎年4月下旬から5月上旬に開かれる。令和8年は4月15日から30日の開催が、町の広報で告知された。
くらし
東西約6km・南北5.5kmの方形の町。吉野川がもたらした肥沃な平地と、標高200m前後のなだらかな山地・丘陵地からなる。昭和30年、旧石井町と浦庄・高原・藍畑・高川原の4村が合併した。役場は石井駅から北へ約600m、徒歩10分。
2015年より −3%
25,436 → 24,833人
うち可住地 25.71km²
2024年
1世帯 2.6人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 9.3
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
6.7km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。