庄内町・北楯大堰
よみもの

06428 / しょうないまち

山形県 東田川郡

庄内町

提灯の明かりで測り、4カ月で水路を掘った。

北楯大堰

Photo by Indiana jo (CC BY-SA 4.0)

01 / 関所

川口番所は人を、船見番所は荷物を見張った。

庄内町の関所
Photo by Yasu (CC BY-SA 3.0)

荘内藩は藩境に五つの番所を置き、清川では川口番所が他藩との間を往来する人を、船見番所が内陸向けの荷物の抜荷を監視しました。清川歴史公園には、その二つの番所が復元されています。

  • 荘内藩の藩境の五つの番所の一つ
  • 川口番所は人・船見番所は荷物
  • 清川歴史公園に復元

02 / 風

春から秋、最上川の渓谷から東南東の強風が吹く。

町公式は、春から秋にかけて最上川の渓谷から吹く東南東の強風を「清川ダシ」と呼び、有名だと紹介します。県の資料は、最上川沿いに吹くこの強風が「日本三大悪風」に挙げられているとします。

  • 春から秋の東南東の強風
  • 最上川の渓谷から吹く
  • 県の資料に「日本三大悪風」

03 / 巨木

払田の地蔵のマツは、傘形の姿をしたクロマツ。

県指定の天然記念物で、幹囲3.9m、高さ10.8m。推定樹齢は370〜400年とみられます。樹の下に六面地蔵が祀られ、「地蔵のマツ」「夜泣きの松」と呼ばれます。

  • 県指定天然記念物 1958年
  • 幹囲3.9m・高さ10.8m
  • 推定樹齢370〜400年

空から見た庄内町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2023年5月〜6月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

庄内と内陸を結ぶ、分岐点の町。

  • 人口2万人規模
  • 郡部の町

町公式は、庄内町を道路・鉄路において庄内地方と内陸地方を結ぶ分岐点で、庄内地方への玄関口と記します。JR陸羽西線は新庄から余目・酒田へ下り全日9本が走り、町内の狩川・清川・南野に停まります(JR東日本時刻表 2026年11月版)。

住んでいる人
20,151人
20052020

2015年より −7%

24,677 → 20,151人

面積
249.17km²

うち可住地 110.65km²

2024年

世帯数
6,650世帯

1世帯 3.0人

2020年

家賃(借家の平均)
4.2万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院1/診療所8

人口1万人あたり 4.5

2023年

面積249.17km²うち可住地110.65km² / 44%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 4園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

6市町村に、接している。

日本のなかの庄内町38.850°N 139.905°E
東京大阪庄内町
庄内町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

南北のながさ

39.7km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

庄内町は、こういう町です。

  1. 01北楯大堰は、立谷沢川から取水する頭首工と農業用水路の総称。1612年に狩川城主の北館大学助利長が開削し、2018年度に世界かんがい施設遺産に登録された。いまも庄内平野の水田農業を支える
  2. 02清川関所は荘内藩が藩境に置いた番所の一つで、川口番所と船見番所が清川歴史公園に復元されている。清川関所跡は日本遺産「生まれかわりの旅」の構成文化財に含まれる
  3. 03春から秋に最上川の渓谷から吹く東南東の強風は「清川ダシ」。払田の地蔵のマツは県指定の天然記念物で、傘形のクロマツ。町内を陸羽西線が走り、町公式は庄内町を庄内と内陸を結ぶ分岐点と記す

気になったら、町に聞いてみませんか。