01 / 水利
玉野堰で社川の水は三つの水路へ。明治4年の議定書の取水量を守ると町は記す。
町が作成した歴史的風致維持向上計画は、玉野堰の三方分水を、社川の水を玉野堀・棚倉堀・浅川樋の三方に分けるものと説明します。堀が作られた時期は明らかではなく、明治4年(1871)の議定書による取水量は現在に至るまで守られているといいます。
- 玉野堀・棚倉堀・浅川樋
- 明治4年(1871)の議定書
- 町の歴史的風致維持向上計画
01 / 水利
町が作成した歴史的風致維持向上計画は、玉野堰の三方分水を、社川の水を玉野堀・棚倉堀・浅川樋の三方に分けるものと説明します。堀が作られた時期は明らかではなく、明治4年(1871)の議定書による取水量は現在に至るまで守られているといいます。
02 / 本殿
町まるごと博物館は、馬場都々古別神社の本殿は文禄3年(1594)に佐竹義宣が造営したとみられ、寛永2年(1625)に現在地へ遷された際も規模や形式をほとんど変えていないと記します。三間社流造で彫刻を用いない簡素なつくりです。
03 / 田遊び

八槻都々古別神社の御田植は、毎年旧暦1月6日に拝殿で演じられる田遊びです。文化庁の解説は、太鼓の革の面を田に見立てて田植などを行い、代かきには四つ車の付いた箱にのせた牛の人形を曳き出すと記します。
いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます
広域(約6km四方)
近景(約1.5km四方)
いま(2022年6月撮影)1974〜78年撮影
出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))
くらし
町内の鉄道駅は水郡線の磐城棚倉・中豊・近津の3つです。町公式のアクセス案内は、新白河駅からJRバス関東で、または水戸駅・郡山駅から水郡線で磐城棚倉駅へ向かう道筋を示し、水郡線は1〜2時間に1本程度の運行と記します。東京方面へ乗り換えなしで行ける列車はありません。
2015年より −6.7%
16,547 → 13,343人
うち可住地 41.13km²
2024年
1世帯 2.8人
2020年
人口1万人あたり 6.7
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
気になったら、町に聞いてみませんか。