浦臼町・浦臼神社(カタクリ)
よみもの

01431 / うらうすちょう

北海道 樺戸郡

浦臼町

寄進された土地の神社に、花の絨毯が広がる。

浦臼神社|カタクリ

Photo by DrTerraKhan (CC BY-SA 3.0)

01 / 札幌軟石の石造

尾花商店は、蔵と店舗で軟石の仕上げが違う。

尾花商店は札幌軟石の石造で、蔵は斜めの筋を刻んだツル目仕上げ、店舗は平滑仕上げと、石の表面が違います。店舗は昭和初期の竣工。旧浦臼駅前の倉庫の石は厚さ15cmで、尾花商店の30cmの半分と町の冊子は書きます。

  • 店舗は昭和初期の竣工
  • 尾花商店の石材は厚さ30cm
  • 駅前倉庫の石材は厚さ15cm

02 / 三日月湖

三日月湖が、石狩川沿いの約10kmに8つ並ぶ。

町の冊子は、町内に大小8つの三日月湖があり、石狩川の上流側のピラ沼から三軒屋沼(東沼・西沼)まで約10kmの間に並ぶと紹介します。自然に形成されたもので、全国的にも密集した数少ない地域と書きます。

  • 大小8つの三日月湖
  • 約10kmの間に並ぶ
  • 自然に形成された

03 / 聖園教会

明治30年の会堂は、明治39年に現在地へ移築された。

浦臼町の聖園教会
Photo by 合田一道 (Public domain)

町の冊子によると、明治30年に浦臼沼付近へ本格的な会堂を建て、明治39年に現在の場所へ移築。昭和34年に建て替わった今の会堂は信者の労働奉仕で建ち、モデルは札幌北一条教会(旧会堂)と書きます。

  • 明治30年 浦臼沼付近に会堂
  • 明治39年 現在の場所へ移築
  • モデルは札幌北一条教会(旧会堂)

空から見た浦臼町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2009年9月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

駅の無い町から、滝川へバスで34分。

  • 人口2千人規模
  • 郡部の町

町内に鉄道の駅は無く、札沼線は2020年まで通っていました。町営バスの浦臼滝川線は、浦臼役場前から滝川駅前まで最短34分です。面積は101.83km²で、町公式は札幌へ約65km、旭川へ70kmと案内します。

住んでいる人
1,732人
19952020

2015年より −12.7%

2,854 → 1,732人

面積
101.83km²

うち可住地 52.95km²

2024年

世帯数
777世帯

1世帯 2.2人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所3

人口1万人あたり 17.3

2023年

面積101.83km²うち可住地52.95km² / 52%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 0園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの浦臼町43.431°N 141.819°E
東京大阪浦臼町
浦臼町役場
浦臼町役場2015年
  • 滝川まで路線バス34分

所要時間は浦臼町営バス『浦臼滝川線』の時刻表(町公式『交通アクセス』から PDF。『令和8年10月1日現在』)。全日運行の便の最速(浦臼役場前→滝川駅前34分・滝川駅前→浦臼役場前33分)(2026-10-29 確認)。時間帯により異なります。

かたち

5市町村に、接している。

浦臼町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

16.1km

浦臼町は、こういう町です。

  1. 01浦臼神社は、友成士寿太郎が3万坪(9.9ヘクタール)の土地を寄進し、明治31年に開墾を始め、明治43年に落成した神社で、町公式は今は境内地一面にエゾエンゴサクとカタクリが絨毯のように広がると紹介する
  2. 02尾花商店は札幌軟石の石造で、蔵と店舗とで石の表面の仕上げが違う。町内には大小8つの三日月湖が、石狩川の上流側から約10kmの間に並ぶ(町の冊子)
  3. 03町内に鉄道の駅は無く、町営バスの浦臼滝川線が滝川駅前まで最短34分。聖園教会は明治39年に現在の場所へ移築され、昭和34年に今の会堂に建て替わった

気になったら、町に聞いてみませんか。