那珂市・銅印(静神社)
よみもの

08226 / なかし

茨城県

那珂市

造営の工事で、大木の根元から銅印が出た社。

銅印|静神社

Photo by Saigen Jiro (CC0)

01 / 土器

「倭文」の字を墨で書いた土器が、静織の里と呼ばれた地から出た。

下大賀遺跡から出土した土師器の坏の破片に、「倭文田長」と墨書があります。下大賀はかつて静織の里と呼ばれ、倭文織を生業にした人々が居住した地区です。市は、「倭文」の字が書かれた史料の出土は前例がなく、9世紀前半のものと考えられると記します。

  • 市指定(令和2年)
  • 長さ12cm・幅3.5cm
  • 9世紀前半と考えられる

02 / 書跡

注釈書に付く歴代天皇の一覧が、長慶天皇の即位を確定づけた有力な資料。

那珂市の書跡
Photo by 小石川人晃 (CC BY-SA 4.0)

常福寺の『日本書紀私鈔』は、了誉聖冏が応永5年(1398)ごろにまとめた、神代巻の注釈書です。第3巻の終わりに付く「人王百代具名記」は歴代天皇を列記し、最後に南朝の諸天皇を記します。県は、長慶天皇の即位を確定づけた有力な資料と記します。

  • 県指定(昭和47年)
  • 応永5年(1398)ごろの成立
  • 3冊

03 / 巨木

幹が空洞になった老木に、義家の鞭が根付いたと伝わる。

静の桂木稲荷神社の境内にあるムクノキは、樹高約30m、目通り幹周7.25m、推定樹齢880年です。幹は基部から朽ちて空洞になり、市は北限の巨木として珍しいと記します。応徳3年(1086)に源義家が戦勝を祈願した折、持参した鞭を挿したものが根付いたと伝えられます。

  • 県の天然記念物(昭和14年)
  • 樹高約30m・幹周7.25m
  • 推定樹齢880年

空から見た那珂市

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

2012年(2012年度撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(年度別空中写真(2012年度)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

東京まで99分、新宿まで139分。

  • 人口5万人規模
  • 都心まで2時間

面積は97.82km²で、市は茨城県の中心よりやや北部の那珂台地の中央にあると紹介します。市内にはJR水郡線の駅が9駅あります。茨城交通の高速バスは、東京駅八重洲南口から那珂市役所入口まで99分、バスタ新宿から139分で、停留所は市役所の敷地内にはありません。

住んでいる人
53,502人
20052020

2015年より −1.4%

54,705 → 53,502人

面積
97.82km²

うち可住地 81.39km²

2024年

世帯数
20,931世帯

1世帯 2.6人

2020年

家賃(借家の平均)
5.3万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院4/診療所30

人口1万人あたり 6.4

2023年

面積97.82km²うち可住地81.39km² / 83%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 7園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの那珂市36.457°N 140.487°E
大阪那珂市
上菅谷駅
上菅谷駅2022年
  • 東京まで高速バス99分
  • 新宿まで高速バス139分

所要時間は市公式『高速バス』(2026-06-26 更新)が掲げる茨城交通『高速バス 常陸太田・大宮・大子線』の時刻表(2026年7月6日から。市サイトのPDF)。下り(東京駅・バスタ新宿 → 那珂IC → 大子・大宮・常陸太田)の毎日運転の便で数えた(2026-10-22 確認)。時間帯により異なります。

かたち

7市町村に、接している。

那珂市の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

那珂市は、こういう町です。

  1. 01静神社の銅印は、寛文7年(1667)に徳川光圀によって神宮寺が分離された際、改築造営に伴う土木工事で境内のヒノキの大木の根元から見つかった印で、印文は「静神宮印」。国の重要文化財に指定されている
  2. 02下大賀遺跡から出土した墨書土器「倭文田長」は、静織の里と呼ばれ倭文織を生業にした人々が居住した地区のもので、9世紀前半と考えられる市指定の考古資料である
  3. 03常福寺には長慶天皇の即位を確定づけた有力な資料とされる県指定の『日本書紀私鈔』があり、静のムクノキは源義家の鞭が根付いたと伝わる県指定の天然記念物である

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。