01 / 土器
「倭文」の字を墨で書いた土器が、静織の里と呼ばれた地から出た。
下大賀遺跡から出土した土師器の坏の破片に、「倭文田長」と墨書があります。下大賀はかつて静織の里と呼ばれ、倭文織を生業にした人々が居住した地区です。市は、「倭文」の字が書かれた史料の出土は前例がなく、9世紀前半のものと考えられると記します。
- 市指定(令和2年)
- 長さ12cm・幅3.5cm
- 9世紀前半と考えられる
01 / 土器
下大賀遺跡から出土した土師器の坏の破片に、「倭文田長」と墨書があります。下大賀はかつて静織の里と呼ばれ、倭文織を生業にした人々が居住した地区です。市は、「倭文」の字が書かれた史料の出土は前例がなく、9世紀前半のものと考えられると記します。
02 / 書跡

常福寺の『日本書紀私鈔』は、了誉聖冏が応永5年(1398)ごろにまとめた、神代巻の注釈書です。第3巻の終わりに付く「人王百代具名記」は歴代天皇を列記し、最後に南朝の諸天皇を記します。県は、長慶天皇の即位を確定づけた有力な資料と記します。
03 / 巨木
静の桂木稲荷神社の境内にあるムクノキは、樹高約30m、目通り幹周7.25m、推定樹齢880年です。幹は基部から朽ちて空洞になり、市は北限の巨木として珍しいと記します。応徳3年(1086)に源義家が戦勝を祈願した折、持参した鞭を挿したものが根付いたと伝えられます。
いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます
広域(約6km四方)
近景(約1.5km四方)
2012年(2012年度撮影)1974〜78年撮影
出典:国土地理院 地理院タイル(年度別空中写真(2012年度)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))
くらし
面積は97.82km²で、市は茨城県の中心よりやや北部の那珂台地の中央にあると紹介します。市内にはJR水郡線の駅が9駅あります。茨城交通の高速バスは、東京駅八重洲南口から那珂市役所入口まで99分、バスタ新宿から139分で、停留所は市役所の敷地内にはありません。
2015年より −1.4%
54,705 → 53,502人
うち可住地 81.39km²
2024年
1世帯 2.6人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 6.4
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS

所要時間は市公式『高速バス』(2026-06-26 更新)が掲げる茨城交通『高速バス 常陸太田・大宮・大子線』の時刻表(2026年7月6日から。市サイトのPDF)。下り(東京駅・バスタ新宿 → 那珂IC → 大子・大宮・常陸太田)の毎日運転の便で数えた(2026-10-22 確認)。時間帯により異なります。
気になったら、町に聞いてみませんか。