洋野町・常陸坊海尊の墓(大野の石碑)
よみもの

03507 / ひろのちょう

岩手県 九戸郡

洋野町

不老不死の法師の墓と伝わる。

常陸坊海尊の墓|大野の石碑

Photo by 憧海 (CC BY-SA 4.0)

01 / 鉄造日月神懸仏

神像はつくらず、鉄の鏡板に「日月」の銘がある。

大野の鉄造日月神懸仏は、鏡板の径が18.8cm。表面の銘から、1809年に奉納されたものと思われます。種市で確かめられた懸仏8点ほども全て鉄製で、町教委の解説は、地元の鉄を使って造ったものであると考えられている、と記します。

  • 鏡板の径18.8cm
  • 1809年の奉納銘
  • 種市の懸仏8点ほどは全て鉄製

02 / 大谷の金山神社

製鉄炉があった場所に建てられたといわれる、大谷の金山神社。

種市の中心から約10km西、旧大野村との境にある大谷は、江戸時代に大野六鉄山の一つに数えられた大谷鉄山のあった所です。たたら製鉄の炉があった場所に建てられたといわれる金山神社が、その面影を残すと町教委は解説します。

  • 種市の中心から約10km西
  • 大野六鉄山の一つ
  • 炉の跡地に建てられたといわれる

03 / 南部もぐり

装備は、総重量およそ70kg。綱持ちとポンプ押しが支える。

種市の伝統的なヘルメット式潜水「南部もぐり」は、ヘルメット、潜水服、鋳物製の潜水靴、胸の前後の鉛で、装備の総重量は約70kg。命を預ける綱持ちやポンプ押しなど、多くの人の力が必要とされます。

  • 装備の総重量 約70kg
  • 綱持ちとポンプ押しが必要
  • ヘルメット式潜水

空から見た洋野町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2022年9月〜10月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

2006年、種市町と大野村が合わさった。

  • 人口2万人規模
  • 郡部の町

2006年1月1日に種市町と大野村が合併して生まれた町で、面積は302.92km²、山林が約7割を占めます。海抜100m前後を境に、西部の高原地域と東部の海岸地域に大別されます。町内にはJR八戸線の8駅があり、庁舎は種市と大野の2か所にあります。

住んでいる人
15,091人
2010

2015年より −9.6%

17,913 → 15,091人

面積
302.92km²

うち可住地 66.1km²

2024年

世帯数
5,793世帯

1世帯 2.6人

2020年

家賃(借家の平均)
3.1万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院1/診療所5

人口1万人あたり 4.0

2023年

面積302.92km²うち可住地66.1km² / 22%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 8園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

1県・3市町村に、接している。

日本のなかの洋野町40.408°N 141.719°E
東京大阪洋野町
洋野町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

南北のながさ

26.2km

岩手県
久慈市・軽米町
青森県
階上町

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

洋野町は、こういう町です。

  1. 01大野には、伝説的な法師の常陸坊海尊が明戸の地で没し、高さ75cmの石碑がその墓であるとの言い伝えがあり、海尊は不老不死となり源平の合戦を語ったともいわれる
  2. 02大野の鉄造日月神懸仏と種市の鉄製の懸仏は、江戸時代に鉄の産地だった土地の品で、大谷には大野六鉄山の一つ大谷鉄山のあった場所に金山神社が建つ
  3. 03種市のヘルメット式潜水「南部もぐり」は装備の総重量が約70kgで、町内にはJR八戸線の8駅があり、2006年に種市町と大野村が合併した

気になったら、町に聞いてみませんか。