01 / ハマチ養殖
失敗を重ねた末に、安戸池でハマチが育った。
引田の網元の三男・野網和三郎は、父佐吉の協力を得て試みを重ね、昭和3年(1928)、安戸池でハマチ養殖の事業化に世界で初めて成功しました。最盛期の昭和30年代には見物客が1日1,000人訪れ、いまも県漁業の主幹であり、国内の養殖業は生産額1000億円を超えます。
- 1928年 事業化に成功
- 1日1,000人(昭和30年代)
- 国内 生産額1000億円超
01 / ハマチ養殖
引田の網元の三男・野網和三郎は、父佐吉の協力を得て試みを重ね、昭和3年(1928)、安戸池でハマチ養殖の事業化に世界で初めて成功しました。最盛期の昭和30年代には見物客が1日1,000人訪れ、いまも県漁業の主幹であり、国内の養殖業は生産額1000億円を超えます。
02 / 石垣

本丸には最初に積まれたとみる野面積みの石垣が残ります。北二の丸の石垣は上段2〜3m・下段5〜6mの二段構成で、1段では高く積めなかった技術を二段でおぎない、下段の間詰石は本丸より丁寧に詰まれています。2020年、国史跡になりました。
03 / 廻船問屋

元禄5年(1692)創業の廻船問屋・井筒屋(佐野家)は、上方と江戸を結ぶ商いで栄え、東讃随一の商家になりました。老朽化して取り壊される予定でしたが、住民の保存運動で2001年に旧引田町が取得・改修し、2005年に公開。2012年、国土交通省の手づくり郷土賞を受けました。
くらし
2003年に引田町・白鳥町・大内町が合併した市です。南に讃岐山脈、北東に播磨灘があり、馬宿川・与田川など小さな川の平野に市街地が開けます。鉄道はJR高徳線の普通列車だけで、新幹線も特急も止まりません。玄関口は市役所に近い讃岐白鳥駅です。
2015年より −8.9%
35,929 → 28,279人
うち可住地 49.21km²
2024年
1世帯 2.4人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 8.1
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
14.2km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。