01 / 金泉寺の郡境
古図と徳島藩の裁断書によれば、板東郡と板西郡の境は、仁王門から南へ下る道。

板野郡は鎌倉時代前期以前に東西に分かれ、板東郡と板西郡が成立したとみられる。境は金泉寺所蔵の古図と宝永6年(1709年)の徳島藩の裁断書によると仁王門から南へ下る道で、大寺の村名も金泉寺にちなむとされる。
- 宝永6年(1709年)の徳島藩の裁断書
- 鎌倉時代前期以前に郡が東西に分かれたとみられる
- 金泉寺は町指定史跡(1974年2月1日)
01 / 金泉寺の郡境

板野郡は鎌倉時代前期以前に東西に分かれ、板東郡と板西郡が成立したとみられる。境は金泉寺所蔵の古図と宝永6年(1709年)の徳島藩の裁断書によると仁王門から南へ下る道で、大寺の村名も金泉寺にちなむとされる。
02 / 地蔵寺の五百羅漢堂
地蔵寺の北の高台にある奥の院で、地元では「羅漢さん」の名で親しまれている。安永4年(1775年)に実聞・実名という兄弟の僧が創建し、いまの堂は大正11年の再建。釈迦堂を中心に大師堂と弥勒堂が向かい合い、回廊が結ぶ。
03 / 愛染院の廟所
金泉寺の奥の院・愛染院の境内(那東)にある。町は赤沢信濃守の廟所と板西城将兵の墓42基を町指定史跡とし、古城の板西城址も同じく指定している。廟所は、信濃守が日頃当寺の不動明王を厚く信仰していたので建てたと言われる。
くらし
北に阿讃山脈、南に吉野川平野を望む36.22平方キロメートルの町。高速バスは道の駅「いたの」から出ていて、四国交通の時刻表では大阪梅田まで152分、神戸三宮まで96分(大阪線は金・土・日・祝日のみの運行)。町内にはJR高徳線の板野駅がある。
2015年より −2.4%
13,999 → 13,042人
うち可住地 19.63km²
2024年
1世帯 2.6人
2020年
人口1万人あたり 9.2
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS
所要時間は四国交通の高速バス。大阪線(https://yonkoh.co.jp/highwaybus/osaka-6-1 ・『2026年1月20日より 金・土・日・祝日のみ運行』の表)と神戸線(https://yonkoh.co.jp/koube-01 ・『2026年4月16日にダイヤ改正を実施』の表、運行便のみ掲載)の時刻表で、市町内の停留所『道の駅いたの』(町の道の駅。高速道路上ではない)の発着から分数を出した。町公式の町勢要覧2025(p.26『板野町へのアクセス』)も『高速バス 大阪 約2時間30分・神戸三宮 約1時間40分』と書き、事業者の時刻表と合う(2026-09-30 確認)。時間帯により異なります。
かたち
南北のながさ
8.7km
気になったら、町に聞いてみませんか。