01 / 安徳天皇陵墓参考地
安徳天皇が蹴鞠をして遊んだ地に葬られたと、越知は語り継いできた。

越知に語り継がれる伝承では、難を逃れた安徳天皇は横倉山に落ちのび、病により23歳で亡くなったという。蹴鞠をして遊んだ思い出の地に葬られ、地元では「鞠ヶ奈路陵墓参考地」と呼ばれる。町公式は、国の指定を受けた陵墓参考地とする。
- 「安徳天皇陵墓参考地」として国の指定を受けていると、町公式は記す
- 地元では「鞠ヶ奈路陵墓参考地」と呼ばれる(観光協会)
- 越知の伝承では23歳で亡くなったという(観光協会)
01 / 安徳天皇陵墓参考地

越知に語り継がれる伝承では、難を逃れた安徳天皇は横倉山に落ちのび、病により23歳で亡くなったという。蹴鞠をして遊んだ思い出の地に葬られ、地元では「鞠ヶ奈路陵墓参考地」と呼ばれる。町公式は、国の指定を受けた陵墓参考地とする。
02 / 馬鹿だめし

4億年以上前の石灰岩でできた、高さ80mの断崖絶壁。馬鹿かどうかを試す意味からの呼び名という。崖の下には「平家穴」と呼ばれる洞窟があり、敵の襲来に備えた安徳天皇の避難所とされたと言われる。頂上には横倉宮がある。
03 / 安徳水

環境省の説明では、文治元年(1185年)に屋島の合戦に敗れた平知盛一門が安徳天皇を奉じてこの地に至り、湧き水を天皇の飲料水に用いたといわれる。修験者の清め水にも使われたと伝わる。生水のため、煮沸なしの飲用は勧められない。
くらし
仁淀川、坂折川、柳瀬川が合流する町の中心部は、三つの尾のように見えたことから、江戸時代初めまで「三尾村」と呼ばれた。町章はカタカナの「ヲ」を三つ合わせた図。総面積111.95km²のうち、林野が9,395ヘクタールで約84%を占める。町の花はコスモス、木はスギ、鳥はメジロ。
2015年より −10.5%
7,803 → 5,187人
うち可住地 18.49km²
2024年
1世帯 2.2人
2020年
人口1万人あたり 11.6
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
16.6km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
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