01 / 耳取遺跡
約5000年前、約4000年前、約2300年前に栄えたムラが、同じ遺跡に。
新潟平野東部の東山丘陵から延びる、標高76mの尾根にある国史跡です。縄文時代の中期・後期・晩期の集落が一つの遺跡で確かめられています。後期前葉の環状集落は南北200m、東西118m。市は後期を県内最大規模の集落と説明し、中期の建物跡からは長さ10.6cmのヒスイの大珠が出ました。
- 国史跡(2015年指定)
- 後期の環状集落は南北200m・東西118m
- ヒスイの大珠 長さ10.6cm
01 / 耳取遺跡
新潟平野東部の東山丘陵から延びる、標高76mの尾根にある国史跡です。縄文時代の中期・後期・晩期の集落が一つの遺跡で確かめられています。後期前葉の環状集落は南北200m、東西118m。市は後期を県内最大規模の集落と説明し、中期の建物跡からは長さ10.6cmのヒスイの大珠が出ました。
02 / 今町

今町は刈谷田川の舟運で栄えた町で、江戸時代には舟で商いをし年貢米などを運び、川湊(川戸)も発達しました。新潟県観光協会は「刈谷田川の舟運で栄えた川湊の街並み」と紹介します。昭和31年に見附市へ編入。毎年6月の大凧合戦では、堤防の両岸で凧組が六角大凧を絡め合い、今町側は6組です。
03 / 観音山
見附市の東南、海抜60mほどの小高い山にある水道山・観音山公園は、西の眼下に市街地が広がり、はるか東方に守門岳と粟ヶ岳が望めます。桜並木がソメイヨシノや八重桜で彩られ、6月中旬から7月上旬には約1万株のアジサイが山肌一面を飾ります。
くらし
新潟県のほぼ中央、東京都心から約300km、新潟市中心部から約50kmにある市です。東部は森林に覆われた丘陵地帯、北部から西部は田園地帯の平野で、信濃川水系の刈谷田川が市を南北に分けるように流れます。繊維の歴史は1800年頃に始まり、幕末には見附結城が知られました。玄関口はJR信越本線の見附駅です。
2015年より −3.4%
43,760 → 39,237人
うち可住地 49.98km²
2024年
1世帯 2.8人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 7.9
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
14.8km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。