01 / 大谷休泊の墓
渡良瀬川と多々良沼から用水を引き、沼辺に松を植えた人の墓。
戦国時代の館林城主・長尾顕長の招きで領内に住んだ大谷休泊は、渡良瀬川からの上休泊堀と多々良沼からの下休泊堀を引き、田畑を潤したといいます。多々良沼周辺の松林は、休泊の植林事業によるものです。墓は県史跡です。
- 昭和28年 県史跡
- 上休泊堀・下休泊堀
- 多々良沼の松林は植林による
01 / 大谷休泊の墓
戦国時代の館林城主・長尾顕長の招きで領内に住んだ大谷休泊は、渡良瀬川からの上休泊堀と多々良沼からの下休泊堀を引き、田畑を潤したといいます。多々良沼周辺の松林は、休泊の植林事業によるものです。墓は県史跡です。
02 / 旧上毛モスリン事務所

明治41〜43年に建った木造二階建ての擬洋風建築で、上毛モスリン株式会社の本館の事務所でした。入母屋造りで、上下開閉式の窓などに洋風の要素があります。棟札は明治42年12月19日上棟と記し、昭和54年に市役所庁舎の建築に伴い、この地へ曳移転しました。
03 / 茂林寺沼
館林市南部の茂林寺沼と、その周囲に広がる低地湿原で、昭和35年に県の天然記念物(天然保護区)になりました。日本遺産「里沼」の紹介は、関東平野に残る数少ない低地湿原と記します。沼の畔の茂林寺は1426年の開山で、茅葺屋根の葺き替えに沼の葦を使ってきました。
いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます
広域(約6km四方)
近景(約1.5km四方)
いま(2023年1月撮影)1974〜78年撮影
出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))
くらし
面積は60.97km²で、市役所の海抜は20.1mです。東武の特急りょうもうは、浅草から館林駅まで最速63分、北千住から51分で、乗り換えはありません(市は浅草から約60分と案内)。館林駅には東武の伊勢崎線・佐野線・小泉線が集まります。
2015年より −1.8%
76,857 → 75,309人
うち可住地 60.67km²
2024年
1世帯 2.4人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 7.7
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS

所要時間は東武鉄道「特急列車時刻表(浅草-館林・赤城・葛生・伊勢崎 下り)」PDF(2026.3.14 改正)の浅草発・北千住発・館林着の列を目で読んだ(2026-10-21。PDF は文字が図形で、テキストでは取れないので画像にして読んだ)。浅草発→館林着は、リバティりょうもう9号 10:20→11:23、りょうもう11号 10:50→11:53、リバティ13号 11:50→12:53、15号 12:50→13:53、りょうもう17号 13:50→14:53、19号 14:50→15:53 がいずれも63分で最短(ほかは65〜69分。1号 6:48→7:53 は65分、3号 7:40→8:46 は66分、25号 16:20→17:25 は65分、29号 17:09→18:18 は69分)。北千住発→館林着は同じ列車で51分(9号 10:32→11:23、11号 11:02→11:53、17号 14:02→14:53 ほか)。乗り換えなし。PDF は平日・土休日を分けず1枚の表で、運転日の注記は無い(2026-10-21 確認)。時間帯により異なります。
気になったら、町に聞いてみませんか。