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よみもの

39208 / すくもし

高知県

宿毛市

鐘を背負った亀が、海から来たと伝わる。

延光寺の銅鐘|赤亀の伝承

Photo by Dokudami (CC BY-SA 4.0)

01 / 野中兼山遺族の幽閉地

野中兼山の遺児8人が、宿毛へ流され、竹で囲まれた家に40年、幽閉された。

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Photo by Saigen Jiro (CC0)

寛文4年(1664)、兼山の遺子8人が宿毛へ流された。1680年ごろの絵図は、板囲いの外に竹矢来を巡らせ、四隅に番所を置く配所を描く。跡は現在の宿毛小学校の敷地で、碑が立つ。西山墓地には8人のうち6人の墓がある。

  • 遺子8名が寛文4年(1664)に宿毛へ幽閉された(市公式)
  • 竹矢来で二重に囲まれた家での幽閉は40年(市公式)
  • 遺族の墓地は昭和36年に市の史跡に指定(市公式)

02 / 浜田の泊屋

若い衆が寝泊まりした、高床の泊り屋。国の指定を受けた一棟が、浜田に立つ。

泊屋は若者組の合宿所で、幕末から明治にかけて、幡多の集落には高床の独立家屋の泊屋が百数十か所あった。浜田の泊屋は栗の自然木を四隅の柱に使う幕末ごろの建物で、昭和32年(1957)に国の重要有形民俗文化財に指定された。

  • 重要有形民俗文化財、指定は昭和32年(1957)6月3日(文化庁)
  • 芳奈の浜田・下組・道ノ川・靴抜の4つの村に専用の泊屋があった(文化庁)
  • 幡多の泊り屋は百数十か所(市公式)

03 / 沖の島の国境

中世から土佐領と宇和島領に分かれた島で、国境は万治2年の幕府の裁定で定まった。

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Photo by ブルーノ・プラス (CC BY 4.0)

沖の島は、母島が宇和島領、弘瀬が土佐領の集落だった。国境争いは幕府の評定所に持ち込まれ、土佐側の指揮は野中兼山がとったと市史は記す。万治2年(1659)の幕府の裁定で、国境が確定した。

  • 中世から土佐領と伊予宇和島領に分かれていた(市公式)
  • 万治2年(1659)の幕府の裁定で国境が確定(市公式)
  • 平成21年(2009)3月に「島の宝100景」に選定(市公式)

くらし

四国の西南端にあり、市域の約84%を森林が占める。

  • 人口2万人規模

宿毛湾に注ぐ松田川の流域に広がり、西の沖合には有人離島の沖の島と鵜来島がある。総面積は約286km²。昭和29年に宿毛・小筑紫・平田・山奈・橋上・沖の島の6町村が合併して発足した。冬は条件が整えば、宿毛湾に沈む夕日がダルマのように見える。

住んでいる人
19,033人
19952020

2015年より −9%

25,919 → 19,033人

面積
286.14km²

うち可住地 44.06km²

2024年

世帯数
8,508世帯

1世帯 2.2人

2020年

家賃(借家の平均)
3.7万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院5/診療所12

人口1万人あたり 8.9

2023年

面積286.14km²うち可住地44.06km² / 15%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 11園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの宿毛市32.939°N 132.726°E
東京大阪宿毛市
宿毛駅
宿毛駅2012年
  • 大阪まで夜行バス513分
  • 三ノ宮まで夜行バス459分

所要時間は近鉄バス公式『京都・大阪・神戸⇔中村・宿毛(しまんとブルーライナー)』(高知西南交通と共同運行の夜行の高速バス)の時刻表。中村・宿毛行き(下り)が 京都駅八条口21:00発・あべのハルカス22:15・なんばOCAT22:35・大阪駅前(東梅田駅)22:55・三宮駅(ミント神戸バスターミナル)23:49発 → 宿毛駅7:28着。関西方面行き(上り)は宿毛駅20:30発 → 三宮駅4:59着・大阪駅前5:53着(2026-09-30 確認)。時間帯により異なります。

かたち

1県・6市町村に、接している。

宿毛市の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

45.1km

高知県
四万十市・三原村・土佐清水市・大月町
愛媛県
愛南町・宇和島市

宿毛市は、こういう町です。

  1. 01宿毛市平田町の延光寺の銅鐘は、延喜11年(911)の銘をもつ国の重要文化財です。赤亀が小さな鐘を背負って海中から寺山にはい上がったという伝承から山号が赤亀山になったと市は紹介し、仁王門をくぐった右手には、鐘を背負った赤亀の石像があります。
  2. 02野中兼山の遺児8人が幽閉された跡には宿毛小学校の碑が立ち、西山墓地に墓があります。芳奈の浜田の泊屋は国の重要有形民俗文化財で、沖の島は中世から土佐領と宇和島領に分かれ、万治2年(1659)の幕府の裁定で国境が確定しました。
  3. 03平田町戸内の高知坐神社は延喜式神名帳に載る社で、本殿は県の保護有形文化財です。生家跡に整備された小野梓記念公園、冬の宿毛湾に見られるだるま夕日も、町の顔です。

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。