01 / 正受庵
県の史跡とした理由は、建物でなく、名僧が一生暮らした場所にある。

正受庵は、白隠の師の正受老人(恵端禅師)が住んだ庵です。飯山市ふるさと館の資料は、県史跡の指定理由を、茅葺の建物ではなく、恵端禅師が一生涯暮らした「場所」であることと記します。藩主から拝領したとされる水石もあります。
- 県史跡(1960年指定)
- 江戸時代、「天下の三庵」と呼ばれた
- 本堂は1847年に再建
01 / 正受庵

正受庵は、白隠の師の正受老人(恵端禅師)が住んだ庵です。飯山市ふるさと館の資料は、県史跡の指定理由を、茅葺の建物ではなく、恵端禅師が一生涯暮らした「場所」であることと記します。藩主から拝領したとされる水石もあります。
02 / 魚形線刻画土器
山ノ神遺跡から1972年の発掘で出土した、縄文晩期中頃の佐野式土器の破片です。県の資料は、魚類学者が魚をシュモクザメの特徴を崩した表現と見たと記し、市ふるさと館の資料は、魚の絵を描いた土器は他に例がないと評価されたと記します。
03 / 小菅の奥社参道
三の鳥居から奥社へ向かう参道沿いに、約600mにわたって約180本の並木が続き、樹齢約300年と推定される大木もあると市の計画は記します。集落の入口の仁王門は天和3年(1683)には建っていたといわれ、護摩堂は寛延3年(1750)の建立。ともに県宝です。
いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます
広域(約6km四方)
近景(約1.5km四方)
いま(2022年7月〜10月撮影)1974〜78年撮影
出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))
くらし
飯山市は、長野県内でいちばん低い千曲川の沖積地に広がる飯山盆地を中心に、西に関田山脈、東に三国山脈が走る南北に長い地形です。市公式は、最深積雪の平均が平地で144cmと記し、一年の約3分の1は雪におおわれるといいます。玄関口は北陸新幹線の飯山駅です。
2015年より −8.9%
27,423 → 19,539人
うち可住地 78.04km²
2024年
1世帯 2.7人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 8.7
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS

所要時間はJR東日本の時刻表(2610版)の『上越・北陸新幹線 下り』デジタル時刻表(平日 004d1・土曜休日 004d2)と飯山駅の下り時刻表の列車ページで、東京発と飯山着を同じ列車番号で突き合わせた。毎日運転の最速は、はくたか561号(東京11:24発→飯山13:02着)と565号(13:24→15:02)の1時間38分(2026-10-21 確認)。時間帯により異なります。
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