01 / 高津柿本神社
柿本人麻呂が、この地で生涯を終えたと伝わる。人麻呂をまつる社は、鴨島ごと沈んだという。

歌聖・柿本人麻呂は、石見国府の役人として赴任し、鴨島の地で生涯を終えたといわれる。人麻呂をまつる社があった鴨島は、万寿元年(1026)の地震・津波で水没し、御神体は高津・松崎に流れ着いたと伝わる。近年、当時の痕跡が科学的に調査され、話題を呼んだ。
- 万寿元年(1026)の地震・津波で鴨島水没と伝わる
- 701年以降、石見国府の役人として赴任
- 毎年9月1日 八朔祭(流鏑馬神事)
01 / 高津柿本神社

歌聖・柿本人麻呂は、石見国府の役人として赴任し、鴨島の地で生涯を終えたといわれる。人麻呂をまつる社があった鴨島は、万寿元年(1026)の地震・津波で水没し、御神体は高津・松崎に流れ着いたと伝わる。近年、当時の痕跡が科学的に調査され、話題を呼んだ。
02 / 中須東原遺跡
中須東原遺跡は、2014年に国史跡となった中世の港町の跡。潟湖の岸に沿って、船着き場とみられる礫敷き遺構が全長約40m・最大幅約10mで見つかった。陶磁器には中国産のほか15世紀の朝鮮半島産・タイ産もあり、地元の豪族・益田氏の関与が想定される。
03 / 匹見ワサビ

匹見町では、文政の初年(1818年ごろ)に野生ワサビを栽培したのが始まりと伝わる。大正期に静岡の技術を取り入れ、昭和には阪神地方へも出荷された。後継者不足で栽培は減ったが、2024年度から益田養護学校の生徒が匹見町澄川でワサビ田を再生し、2027年春の収穫を目指す。
くらし
益田市は石見地方西部の中心都市で、日本海に面する平地と、中国山地に連なる山間部からなる。高津川など複数の川が市内を流れ日本海に注ぐ。2004年に美都町・匹見町と合併し、現在の市域になった。中世には益田氏が三宅御土居・七尾城を拠点に治め、海沿いには国指定天然記念物の岩脈「唐音の蛇岩」が横たわる。
2015年より −5.7%
52,368 → 45,003人
うち可住地 99.6km²
2024年
1世帯 2.4人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 11.1
2023年
人口は2005年以降(市域変更)。2004-11-01 に合併。2005年調査から市域が変わっている。
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS

所要時間はJRバス中国公式サイト「浜田道エクスプレス(大阪-三次・浜田・江津・益田)」の路線詳細ページ。101号線:大阪駅(JR高速バスターミナル)9:20発→益田駅前16:50着(2026-09-26 確認)。時間帯により異なります。
かたち
南北のながさ
43.0km
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